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高杉晋助は仕事だと言っては一年のほとんど返ってこないちょっと風変わりな父親と、おっとりした母親の間に生まれた、ごく普通の少年だった。
年の近い叔父とは違い健康に恵まれ、古武術の道場なんかに通って文武両道、充実した青春を送っていた。
一度の目の人生の転機は高校二年の夏。
叔母の葬式に出かけた両親が交通事故で一遍に帰らぬ人になったことだった。
「不幸って重なるもんなんだなぁ」
しかしその時はまだ、そんな暢気なことを考えるくらいのゆとりがあったようだ。哀しかったし、人並みに涙をこらえ、結局出来ずに泣いた。子供らしく酷く不安な心持ちにもなった。しかし支えてくれる道場の先生や幼なじみたちがいたので、まだ耐えられる、そんな風に感じていた。
大変だったのは叔父の方だ。同姓同名の甥二人が同時に保護者を失ったのだから。葬儀から法律上の手続き、一切を取り仕切って、忙しさのあまり何度か喘息の発作を起こしていた。
無理もない。彼もまだ、大学に通う学生だった。
二度目の転機はその二年後。
高杉は師と幼なじみと左目を同時に失った。
その頃のことはあまり良く覚えていない。気が狂う、そんな風に思っていたようだった。
しかし人間とは強いもので、もともと頑丈で心身共に鍛えてあったせいか、多少いびつに壊れたが死にもせず、大学を卒業する頃にはなんというか輪をかけてエキセントリックになったものの、思ったよりごく普通に生きているつもりだった。
その辺のサラリーマンと一線を画した職業とはいえ、ちゃんと税金はらって社会人してるし。
仕事の依頼だって、ちゃんとこなした。
いわく、○○組撲滅キャンペーン。一週間ほどすっかりこれにかかりきりだ。
累々たるおっさんの群れを見下ろしながら、高杉は油断なく辺りをうかがう。まだ立ち上がるものがいないかどうか。動くものは? 油断は命取りだからだ。
「ごく普通? これのどこが? 可愛いこと言うね、高杉」
油断はしていなかった。
背後をとられながら高杉はその声に総毛立つ。
この自分がこうも簡単に後ろをとられるとは。いくら、多勢の893と遣り合って肩で息をしていたからといって、あり得ない。
だが何の気配もなかった。後ろから肩を掴まれるまでは。
「俺は確かにスリルとサスペンスとバイオレンスが好きだけど、ホラーは呼んでねーぜ」
そういう高杉の首筋を舐め上げながら男は答えた。
「俺もホラーとかダイッ嫌い」
振り向き様薙いだ刀は、その男の真芯を捕らえたはずだが、男は血を振りまきながら倒れはしなかった。
あたらなかったわけではない。避けられたのでもない。男はゆらりと陽炎のように揺れた。実体がないのだ。
「銀時ィ、てめー何しに来たよ?」
このような悪霊に高杉は以前にも遭遇したことがある。何度も。どいつもこいつも同じ顔をしていた。だから高杉はこの顔を好きにはなれない。
「迎えに」
高杉はけっと、嘲笑った。
「悪霊は墓場に帰って胸くそわりぃ夢でもみてな」
銀時はにい、と笑った。
「夢はこっちだ。高杉オレと帰ろう。ま、いやだってんなら、おれはお前をぶっ壊すしかねーんだけどな」
その言葉に高杉は無言でいた。何度も同じ顔の男に同じように誘われれば答えるのも億劫だ。そう思いながら高杉は抜き身の刀を鞘に納めた。
「おやおやまさか、できねーと思ってる?」
ふところに右手を入れて立つ。
「ああ。残念だがおれはもうとっくの昔に壊れてるからな。ぶっ壊れてる割にゃー普通に生きてると感心してたところさ」
「そういう普通なの?」
呆れたようにいう銀時はまだ表情に可愛げがあった。
大体まだ、高杉の一人や二人をぶっ壊せば事足りると思っている時点で銀時はまだ呑気なのだ。
そんなことでこの世界から逃れられると思っているとは。先生を失い、高杉を失い、だがまだこの男の記憶は中途半端なものなのだろう。
だが高杉は違う。高杉家に八月十日に生まれた男子は全て晋助と呼ばれる。その子は先天的か後天的か左目の視力を失うと決まっていた。
そしていずれ、自分がダミーでスペアでフェイクだということを知る。本物はターミナルで左腕を失ったまま銀時と戦い、爆発に巻き込まれた高杉晋助だということを。
自分たちはばらばらに飛散した高杉晋助の欠片だということを。
だから高杉晋助はあちこちに同時に存在している。同じように銀時も。
銀時はこの不毛な世界からもとの場所へ戻りたいのだろう。万事屋の、子供たちのところへ。だがあいにく、高杉には戻った所でなにもない。万斉もまた子も武市も死んだだろう。
高杉は顔を顰める。
もちろん高杉も銀時同様、このぬるま湯のような、甘ったるい世界にいつまでもいたいわけじゃなかった。なんの因果か、同じ顔をした自分たちはどいつもこいつも銀時たちとくっつきやがる。反吐が出る。そんなことまで繰り返すなと叫びたい。
思い知らされる。それほど、自分たちは無意識に銀時を求めていた。
従弟はまだいい。あれはまだ何も知らない。あの目はただのものもらいだ。いずれ失明の危険性はあるがまだ見えている。
だが病で左目の視力を失った叔父は違う。良く平気であの弁護士を傍に置いている。いや、平気ではないのか。その証拠に、出来るだけ日本には帰ろうとはしない。
(でもあいつはやっぱり銀時を好いている)
だが高杉はごめんだ。受け入れられない。普段は鎮まっている神経がささくれ立つ。いやだ。こちらへ来るな。
高杉は一瞬過った金時の顔を罵りながら思う。
(大丈夫だ。どうせもう長くない)
あちらとこちらとでは時の流れが違うとはいえ。
「お前らが頑張ろうが、どうしようが、どうせここはそのうち崩壊する」
「えっそうなのか? やっべー、銀さん高杉せんせーとか食っちゃた。早く言えよ」
だからこいつは実体がないのかと思いながら高杉はせせら笑う。彼が無抵抗でやられたはずがなかった。
「お前らが莫迦なんだろ? 一匹狼気取りやがって一人で突っ走って情報を共有しねーからだ」
高杉一族が情報をすりあわせた結果、銀時の記憶が戻る条件もある程度分かっている。
松陽先生を失うこと。
そして、高杉も失うこと。
銀時は自分の高杉を失って、初めて我に帰る。そして他の高杉を屠り始める。高杉たちの中の高杉の欠片を集めて、爆炎の中で死のうとしている本物に出会う為に。
「お前らはしてそーね」
孤高の総督気取りのくせに結構つるむよね。と銀時はぶつくさ言う。
「当然。情報は最大の武器だ」
「で、賢い高杉君たちの結論は?」
「おれたちは本体と一緒に死ぬ」
銀時は激高した。
「あれを死なさねーために焦ってんだろうが!」
怒ったって事実は変わらない。ここは高杉晋助が見ている最後の気の迷い。もしもあんな時代に生まれなかったらというちょっとした幻の産物。死の見せる走馬灯だ。
「ほんとに莫迦だなぁ、銀時ィ」
高杉は薄く笑いながら、銀時の持つ刀が自分の身に及ぶのを見ていた。
欠片を狙っているのは銀時だけではない。高杉たちもまた銀時のそれを欲している。どちらが先に完成させるか。それで現実世界の二人の生死が決まるのだ。
だが恐らく、銀時は間に合わないだろう。あの場所へ、銀時一人が立ち帰ることになる。
それが個と集団の差だ。
銀時は一人の侍として強かった。そして高杉は鬼の頭目として手強かった。
(やっぱりてめーもほんものじゃねぇな。度を失いやがって、一人きりだと? せめてガキどもを従えて来な)
高杉は懐手にしていた右手を出すと充分に調息し、刃先まで神経を届かせた刀を抜いて銀時の刀を弾く。その背後から別の高杉が銀時に斬りつけた。
「なっ」
高杉一人では銀時に勝てないだろう。鬼兵隊を集めても同じことだ。だがこの世界には何人もの右目を失った高杉がいる。
懐に偲ばせていた携帯のメールを受信した彼らがGPSで居場所を特定してこれからも続々とこちらへ向かっているだろう。逃がしはしない。この世界が終わる前に、銀時を回収する。
例えあの弁護士や従兄の婿を斬ることになったとしても。
(廃墟となったおおえどで目覚めればいい。それまでせめて甘たるい夢を見てろ)
いつから十月十日は休日でなくなったのだったか。まあこの二年ばかしは土日にかろうじて引っかかって休みだけども。その上、体育の日がハッピーマンデーだったので、銀八は愛する嫁に限界まで付き合ってもらって泥のように眠り、起きたのは2時を回っていた。
眠気覚ましにコーヒーならぬイチゴ牛乳。そう思ってよろよろとメガネをかけて寝室から出た時だった。
「きゃー! なにこのぼろっちい高杉! あれ、高杉ベッドで寝てたよね? うん、寝てる」
銀八は何度もボロっちく廊下に倒れふしている高杉とやはり前後不覚にへろへろなベッドの高杉を忙しく見比べた。
「っせぇ。何きもい声上げてんだ」
銀八が騒いでいるともそりとベッドの中の高杉が動いてもそもそ言った。うん、こっちが銀八の嫁だ間違いないと一安心しながら銀八は言い返した。
「はいはい、すぐきもいとか言わねぇの。Sは打たれ弱いんだぞ〜」
「だってお前、きゃーって言っただろ?」
ばっちり聞こえていたようだ。
「だって、高杉が血だらけかと思ったたんだぞ、驚くわ! もしもし高杉さん、大丈夫? 生きてる? う〜ん、意識無し、と。呼吸は異常なし。あとは怪我…う、う〜ん、血は止まってるか?」
救急車は呼ばなくてもいいだろう。しかし病院には連れて行った方がいいような気がする。それくらいあちこち傷だらけだった。どこでどんな喧嘩をしてきたのか。
状態を確かめる銀八の所へ、だるそうに高杉が起きて来た。
銀八の言動で従兄の様子がただ事でないと分かったのだろう。だが一目見て高杉は言った。
「大丈夫だ」
「ん?」
「寝てるだけだ。とりあえずベッドに放り込んでくる」
「え? お前が?
「んだよ」
「だって重いだろ」
「これくらいできる。邪魔すんな」
高杉はそういうが、歩くのもへろへろなのに成人男子一人を抱えられるわけない。よしんば持ててもその瞬間ぐしゃっと潰れる。
「いやいやいや。誰もいないならともかく旦那様がいるんだよ? 手伝うって」
ぐい、と高杉が持っていた高杉さん(ややこしいな!)の手を引き取ると、あっ、ばかと高杉が言う。それと同時にしゃっという音が耳を打つ。
やばい!
「…!」
ぎらり、と目を光らせた高杉さんと目があった銀八は咄嗟に両手を頭上へ伸ばし、もの凄く勢いで降りて来た真剣を受け止める動作をした。
咄嗟になんちゃって真剣白刃取り!
「銀八!」
しかしそれより早くぶん、と風を切って高杉さんの刀が振り下ろされて行った。
(斬られた!)
と思ったが痛くない。
「刀折れてる…」
へなへなと高杉が頽れる。それを見ながら銀八は言う。
「あ、ほんとだ。らっきー?」
「…! ぎん…? 晋助?」
寝ぼけていた(そうとしか言えないだろう!)高杉さんは晋助と銀八を見比べた後、ようやく現状を把握したようだった。
「ああ、婿殿か。わりぃ、間違えた」
悪いですむのか! 刀折れてたら死んでたわ! なに? 身内以外が触るとオートで攻撃しちゃってくれるの? 大体間違えたって何と? 金時? え? 金時何したの、本気でやる気だったよね、とかいろいろ、いろいろ思う所はあったのだが、婿殿、という呼称に(いや、間違いではない。まちがいでわないよ、ただちょっと俺は中村モンドかって思っただけで)脱力してしまい、なんもいえなかった銀八だった。
「そういや、刀の予備取りに来たんだった。鬼兵堂はまだ空いてなかったし、したらついいつもの調子で寝ちまったんだな」
「一刀二万振りって聞いたことあるけど、もう折ったのかよ。腕なまってんじゃねーの」
そういいながら高杉は立ち上がるとコーヒーをセットしながら由々しきことを聞いた。
「風呂にする? 飯にする? それとも寝る?」
「ちょっと高杉、おれにもそんなこと聞いたことないのに!」
なんで銀高ばっかりなのか真剣に考えた結果薄暗くなりました! そして長くなったのでぶった切りました。次は同級生銀高とかだせるといいな。高杉先生はごめんなさい。
「だって大概俺の飯はお前が作るだろ?」
「あっそうだった」
高杉は他の二人よりまともな飯を作るらしいが所詮高校生なのでたかがしれていて、ご飯にする、風呂にするそれとも俺? と聞くのは自分だったと銀八は思う。
「おお、いい婿もらったな。流石晋助」
かちんと折れた刀を鞘にしまいながら高杉さんが相づちを打つ。
「で、どうすんだよ? 帰るとか言わねーよな」
そう聞く高杉に高杉さんはニヤリと笑って答えた。
「ここが俺の帰る家だ」
前から思ってたけどこの人素でかっこいいんですけど。傷だらけのせいかいつもより野性的に見えるせいか。う〜ん、オトコマエ?
「ばっちいけどこのまま寝る。それから風呂に飯かな」
「分かった」
高杉が返事をすると勝手知ったる自分の家とばかりに高杉さんは和室の押し入れを開けて予備の刀や(そんなところにそんなものが!)置いたままにしていた着替えを取り出すとついでに布団を敷きだし。
「おやすみ」
といって襖をしめて寝てしまった。
「夜まで起きねーな」
そういう高杉に、銀八はなら俺らは昼飯にしようと促す。
ちなみにこの和室は元は鬼兵堂さんの部屋で、高杉さんの寝室は仕事部屋にでもしろとかいわれて今は銀八の婿入り道具を置かせてもらっている。何せ一人暮らしが長かったもので机や本、こたつなどがいろいろあるのだ。
高杉の部屋は言わずと知れた新婚夫婦の寝室で。二人が帰って来た時は和室を使えばいいといってそうなっている。しかしまさか日本刀がおいてあったとは。
流石古美術商の鬼兵堂さんとスリルとサスペンスとバイオレンスの万事屋さんだ。
もちろん銃刀法の許可のあるもののはずだがしかし、傷だらけの上折って帰ってくるって許可どおりの使い方はしてないな。
そう思いながら銀八は軽めの昼飯を作り始めた。食べ終わったら買い物に行こうと思う。
金時はまれに奥ゆかしさを発揮するので…と自分では思っている…晋ちゃんに自分の誕生日を教えていなかった。まあ隠すほどのものではないので、成り行きに任せよう、だって祝ってくれるような晋ちゃんでもないし、よしんばそんな奇跡が起こったとしても金時はホストなのでそのあたりはバースディイベントで大変な騒ぎだったのだ。
そうでなくては、商売上がったりだし、みんなに祝われるのはうれしい限りだ。
だからといって思い人との記念に何か、と思わないでもなかったので、大抵、誕生日当日、とはいかないまでもその前後の休みにはよい酒を自分で用意して万事屋晋ちゃんに押しかけることにしていたのだった。
のだが。
「何処行ったの、晋ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁ~ん」
あろうことか、金時の愛しの晋ちゃんはここ二週間ばかり万事屋を留守にして所在不明なのであった。
バイトのまた子や武市の姿も見当たらないことから仕事なのだとは思うのだが。
「折角、折角、いつきても晋ちゃんねんねしてる襲っちゃうぞ☆ って感じだったのにぃぃぃぃぃぃ!!!」
ないわ。
ほんとない。
誕生日も判明したし、今年はおめっとさん、くらい言ってくれるかもとか思ってた金時は虚しさを切なさと寂しさを噛み締める羽目になった。
それなのに銀八は今頃、と思うにつけ発作的にむかついた金時は新婚家庭に邪魔しにいくことに決めた。決めたったら決めた。
一人で幸せにしてたまるかって~の!
大体ナニ?
奥様は十八歳とか、高校生妻とかうらやましすぎるんじゃぼけぇぇぇぇ!
という勢いのまま、高杉家のマンションに押しかけた金時はチャイムを連打する。
勿論、そんなはた迷惑なチャイムの鳴らし方をするのは招かれざる客である。最初のうちは、当然のように無視された。
(うん! 予想通り!)
普通に訪れても普通に追い返されるので想定の範囲内だ。
今回の訪問は寂しさもあったが嫌がらせがたぶんに含まれているので金時も挫けず連打し続ける。で結局根負けした銀八に無表情にいやみをいわれ、足蹴にされながらも敵の城の門扉は開けられたのだった。
そうして開けられたドアの先の先、高杉家のダイニングでは愛しの晋ちゃんが銀八夫婦と食卓を囲んでいたのだった。
ナニソレ。
と、思わないでもなかったのだが、涙ぐましいくらい一途な金時は理由を問うよりも先に、うれしすぎて頭がパーン、いつもより包帯五割り増し、そのうえ私服の晋ちゃんに抱きついた。
「ん、二週間ぶりの、晋ちゃんだぁぁぁぁぁぁ!!! ナニ? 何々これ? 晋ちゃんセンサー発動しちった? さすが、俺!」
「「「うぜぇ」」」
晋ちゃん含め銀八高杉君に同時に言われたけれど別に堪えはしなかった。これはもう運命! 晋ちゃんと金時は赤い糸で結ばれているのですよ、的な。
「んなわけねーだろ」
赤い糸とかキメェ。
「あれ? 何で分かったの?」
「駄々漏れだばか」
晋ちゃんにはそう罵られ(ぞくぞくしちゃう以下略)、
「お前ら兄弟って似てんな」
と、銀八の高校生妻にしみじみと嫌がられた。そんなん俺たちだって嫌だよと思ったが認めざるを得なかった。確かに思ったことがだだもれるなんてのは昔から一緒なのだった。
「不本意ながら」
まあ好みのタイプとかも一緒だし。
しかし金時にいわせてもらえるならば銀八よりも銀時よりも金時の方がおのれのタイプを自覚する方が断然早かったといいたい!
本当だ。決して表立っては言えはしないけれど。
その頃鬼兵堂主人、もう一人の高杉晋助は日本に戻っていた。アメリカの愛好家によって蒐集されていた日本刀を大量に国内に逆輸入するためだった。
日本刀が海外へ流出していくことについて思うことは別にない。国内にあっても一部の居合道の達人にしか使われることのないものだ。それにある一時期日本刀は重要な輸出品でもあった。
ただ、国内の刀鍛冶によって生み出される刀は年々減少している。それは困ったことだった。
高杉たちには武器が必要だった。できれば使い慣れたものがいい。つまり刀が。
(また折ったらしいしな)
使い慣れたものだから、普通のものを相手にしている限り折れることなど早々ない。ただでさえ日本刀は折れず曲がらずよく斬れることを目標として作られるのだ。
それだけ相手が手強かったのだろう。
だが手強い相手が多すぎる。だから高杉は世界中を駆け巡って、いつでも店に刀を揃えておく必要があった。
刀の売買をしているのはそういう理由だ。
まあそういうわけで一仕事終えた高杉は、在庫も充分になったし二ヶ月ぶりに日本に帰るか、という気になった。いつまでも店を人任せにしてはおけないし。
そうして久しぶりに戻った社長はだらだらと店頭にある刀をチェックし、適当に業務報告を受け、昼寝をし、国内での登録証の手配は武市に任せて、となんだかんだやっているうちに夜になったので帰ることにした。
もちろん晋助のいる家に。
新婚?
だからなんだ、である。
そうして鬼兵堂を出た高杉がぺたぺたそぞろ歩きながら、さてどの電車に乗るのだったかと思い出そうとしていた時だった。
「ちーっちっち、ほらほら晋ちゃん。今日の焼きささみはなんと! ホタテ味なんです。つんつんしてないでベストショットお願いします!」
猫じゃらしと、猫の餌、そして携帯を器用に持ちながら銀時が猫を誘き寄せているところだった。
「…」
ちなみに銀時の事務所は鬼兵堂の三件となりにあるのだった。
一方、新婚夫婦のマンションでは激震が走り続けている。主に銀八と金時の間で。
食後のデザートを何を作るかでもめていた二人が目を離した隙にPS3でもするかという流れになったのはいい。
なんでくっついてるの!
どうやら銀八の高校生妻晋助君がデモンズソウルをするのに晋ちゃんが見学するという構図のようだった。だがしかし何故!
どうして晋助君の背中にくっついて肩にあごをのせてるの! その上両手は晋助君の腹の辺りで組んでるし、それってそれって家族でやる体勢じゃなくね?
隣で銀八も、なんで高杉、大人しくだっこされてんのおおおおおと悶えていた。
嫉妬?
いや違う!
二人があまりにも可愛くて悶絶してんだよ! なんかネコ科の動物がよりそってだらっとしている感じ? もうもうもう!
「「ああああああああああああああ」」
「んだよ、うっせーな。何だよさっきから」
腰砕けで奇声を上げるしかない銀八と金時を一瞬睨みつけた晋助君はすぐにまた画面に視線を戻した。
「おい、崖から落ちるぞ」
「おお」
なんというか晋ちゃんがまたいつもの万事屋仕様のなんちゃって和装じゃなくて、シャツにデニムという若々しい格好なものだからして余計に可愛い。なんだろう、ここは夢の国か? というくらい可愛い。
パラディソはここにあったのか!
「ものもらい、まだなおんねーの」
「直ったと思ったまたすぐできんだよ」
「ほんとは眼帯いらねーんだろ? 視力落ちるぞ」
「心配しなくてもまだ見えてる」
「別に心配してるわけじゃねーけどな。松陽先生元気?」
「お前ら定期的にそれ聞くよな」
「結構重要なんだぜ」
そんなことを言いながらカワイコちゃんたちがいちゃいちゃしているわけだ。ハゲ萌える。
なんなの?
それがコミュニケーションの取り方なの?
晋ちゃん俺にもそれやってぇぇぇぇ!
「だからキモいんだよ、てめーら」
って蔑みの目で見られたけどものの数にははいりませんでした。
猫じゃらしと、なんか猫的なえさと携帯とで武装して、黒にゃんこにじりじり迫っていた坂田弁護士は愛しのあの人の出現にぼとぼとと獲物を取り落としながらあっという間に高杉との距離をつめた。
「神様がお願いを叶えてくれたんでしょうか。それにしたってもう一日早めてくれればいいものを」
その上相変わらずわけの分からないことを真顔でぶつぶつ呟いていて、高杉は一、二歩後ざすらないわけには行かなかった。
普通に近寄りたくない。何で見つかったんだろう。こいつは背中に目でもつけてるのだろうか。
しかしやはりいつも通り両腕であっさりと拘束された。どうして取りあえず拘束から入るのか。
「お帰りなさい。いつの間に日本へ?」
にこやかに問い詰める弁護士にあ~、また面倒なのに捕まった。空港にいないから安心してたのに、と重いため息をつきながら、高杉は背後のにゃんこを指差した。
「お前、あれはいいのか?」
今までツンの限りを尽くしていた黒にゃんこはそのままだが、何処からか現れたらのか、白にゃんこが弁護士の落とした焼きささみホタテ味をさっと奪った。
甥がよく写メってくる白ではないか。
「あっこら、それは晋ちゃんの!」
と弁護士が叫ぶ。
白は自分からだぜぇ、というように猫の晋ちゃんの足元へ焼きささみを置いた。
その上、にゃーにゃー、鳴きながら晋ちゃんの顔を舐めまわした。まあ、勿論ツン全開の晋ちゃんなので、それにもべしっと猫パンチをお見舞いしていたが。
「あなたにそっくりなので、晋ちゃんです。今わたしの一押しにゃんこですっていうか、このぶさ猫ぉぉぉ! なに晋ちゃんの上にのっかってんですかぁぁぁ!」
しっしっ、と白を追い払いに行った銀時は、全く油断もすきもない、と拘束を解いた高杉を振り返った。
白を追いかけていった隙にいなくなったかと焦ったが、高杉は相変わらずそこにいた。
窮地を脱した晋ちゃんに足元をすりすりされながら。
「うわ~、あなた猫フェロモンもあるんですか?」
「も、ってなんだよ?」
「すぐに色んなの引っ掛けてくるじゃないですか」
高杉は、晋ちゃんをべろーんと抱き上げて、懐に入れると思う存分撫で回した。晋ちゃんも晋ちゃんで、ごろごろ喉を鳴らす。
うわ~うわ~、晋ちゃんつれな~い、ひど~い、でも超可愛いー2ショットーとか言いながら坂田弁護士は携帯を拾い上げてぱしゃりと撮った。
色んなものを引っ掛けたつもりは高杉にはまるでないが、その最たるものはこの弁護士だよなぁと思う。できれば引っ掛けたくなかった。心の平安のために。
「ところで、晋助さん。忘れてると思いますが昨日はわたしの誕生日だったので、ぜひあなたをいただきたい」
高杉は眉を顰める。
「なんですかぁ? そんなに嫌そうな顔しなくてもいいでしょ? いきつくところまでいってる二人なのに」
何処にだよ? と反論すると滔々と聞きたくもない事を聞かされるはめになるので、高杉は端的に断るだけにしておいた。
「十月十日生まれの白もじゃの言うことは聞くなって家訓があってな」
「理屈にあいませんね。高杉君は銀八の言いなりじゃないですか」
それ聞いたら晋助は怒るんじゃねーのと高杉は思う。実は高杉家の中で一番怖いのはあの子供なのだ。
(銀八のことだってなんだかんだ尻にしいてるみたいだしな)
「別に甘いもんなんかいらねぇ」
「甘くしない。甘くしないから!」
と言いながら作ったのはハート型で焼いたチーズスフレだった。何故こんなファンシーなものが銀八の家に、と思ったら、去年のバレンタインデーにビターに大人なフォンダンショコラを焼いたのだそうだ。
「ちまちまつつく高杉が超ラブかった」
銀八のくせにラブラブでほんとムカツクわと思ったが、クリーム色のハートのスフレをつつく晋ちゃんがみたかったので、遠慮なく使わせてもらった。
もちろん銀八と金時の分は砂糖増量。
そして砂糖減量したにも関わらず、晋ちゃんと高杉君は一様に眉を顰めて
「「甘ぇ」」
といって、ちまちまとスフレをつついてくれたのだった。
いまだかつてないほどラブかった。
「かーわーいーいー」
「あ~、今日は一際雑音がうるせーな」
「ひど! おれの美声を雑音て!」
「じゃあ騒音」
そういいながらにやりと笑った晋ちゃんに金時は見蕩れた。
金時が晋ちゃんに出会ったのはホストをするようになってからだったが、それよりももっと前から、金時は晋ちゃんと同じ顔が好きだった
初恋の人の名前は高杉晋助。生きていれば二十四歳。晋ちゃんたちに生き写しだった。高杉君と同じ苗字なので、親戚か何かかもしれない。
晋ちゃんの年は明かしてもらっていないが、ドッペルゲンガーのようにそっくりな三人の中では晋ちゃんが一番近いだろう。もう少しで金時は晋ちゃんを高杉と呼ぶところだった。思いとどまったのはやはりどこか、金時の知る高杉とは違うように思えたからだ。
(それにしても似すぎてた。他人とは思えないくれぇ。晋ちゃんも高杉って名字かもしれねーし)
だが、金時は晋ちゃんに、晋ちゃんはおれの高杉だろ? とはまだ聞けていない。晋ちゃんは自分のプライベートは完全にシャットアウトしていて、金時はどうしても確信をもてないのだった。
(せめて高校とか分かればいいんだけどなぁ)
高杉とは同じ高校に通っていた。いわゆる同級生という奴だ。それだって頑張って頑張って勉強した結果であって、授業は寝ているのがデフォルトの金時が、一念発起して頑張らなければ高杉と同じ学校へ通うことはなかっただろう。
高杉は息を吸うくらい簡単に勉強ができた上、小学校も中学校も校区が違ったのだった。
(結局クラスメートにはなれずじまいだったけどさぁ)
それでも金時は充分うれしかったし、高杉と過ごすスクールライフを楽しんだ。青春というのはこうでなくては、というくらいバカやって、悪さして、過剰なスキンシップをしては怒られて、告ってキスして、それなりに、恋人っぽいこともして、幸せだった。
金時は高杉を大事にしたし、高杉だって金時に呆れながらも愛されてるなーと感じなくもなかった。
高杉が大学に通うようになった後もそれは続いた。高杉の部屋からバイト先へ出かけ、高杉の部屋に帰る、そんな新婚の真似事のような生活だってしていたのだ。
仮にも恋人だったなら、酷似しているからって本人かどうかわかりそうなものだ。高杉とは余さず仲良くしていたわけだし。でも金時には分からない。体の特徴や何気ない仕草は晋ちゃんがおれの高杉絶対、と思うのに、晋ちゃんは高杉とは変わってみえた。
荒んだ目の色。
傷だらけの体。
物騒な微笑み。
漂う夜の気配。
染み付いた血。
その全てが高杉にはなかったものだ。けれどもそれが万事屋晋ちゃんの魅力で、金時はそんな晋ちゃんにぐいぐい惹かれている。
高杉の影ばかりを追っているわけではない。だけど、高杉を求める気持ちがなければこんなに晋ちゃんに入れ込んだだろうか、そうとも思う。
(晋ちゃんがおれの高杉ならいいのに)
結局金時は高杉を守れなかったことを突きつけられるのが怖いだけなのかもしれない。
ある日突然刀を持った白い影に金時と高杉、高杉の先生は斬られた。高杉の先生は即死。二人は意識不明の重体で別々の病院に運ばれた。高杉とはそれきりだ。
金時が退院するころにも高杉のアパートは厚い埃が被ったままだった。いつまでも。勿論病院には行った。しかし、金時でさえ最初に担ぎ込まれた病院からリハビリを含めて三回も転院していたのだ。高杉もまた病院が変わっていた。
刑事事件に巻き込まれた高杉の転院先は厳重に伏せられていた。同じ被害者なんだから教えてくれてもいいはずだ。けれども病院も警察も高杉の行方について、金時に明かしてはくれなかった。大学にも高杉はいなくて、金時は最悪を考えずにはいられなかった。
高杉は死んでいて、金時にそれを隠しているのでは。
そして高杉が帰らぬまま、とうとうアパートも整理されてしまった。
人は変わる。
そう思い込むことによって、高杉生存の一縷の望みを晋ちゃんにかけているだけかもしれない。
金時だって変わったのだ。有り得ないことではない。
元々銀髪だった金時は半死半生の怪我を負って入院したころ、何故か金髪になってしまった。
非常なストレスに晒されると一夜にして髪が白髪になるという話は聞いたことがあるが、金髪になるというのはどういう魔法が働いた結果だろうか。医者にもだいぶ不思議がられた。
お陰でオカマに転身していたクラスメートのおヅラにも未だに気付いてもらえない。
誰も思いもつかないだろう。あの高杉のけつを追っかける以外なんのやる気もない銀時がいまやかぶき町ナンバーワンホストの金ちゃんだなんて。
(でもさ~、俺だってあのヅラがオカマになってるなんて思わねーじゃん。思いきりホスト名で名乗ったわ)
ちなみにホスト名は神楽が決めた。
金髪なのに銀時なんておかしいネ、金時にするアル、だった。人のアイデンティティをなんだと思ってんだと思わないでもなかった。
だけどももう、そのこだわりも今はあまり感じない。身内に坂田銀時がもう一人いるせいかもしれない。兄の銀八も最近は金時としか呼ばなくなっている。
あっちの銀時なんてもう弁護士であることをいいことに、戸籍も変えたらどうです? とか薦めて来る始末だ。近所に同姓同名がいると、名前を変えることもできるとか言って。
おめー、近所にイネーだろと断ったが。
(だってさ、もう一度銀時って呼ばれてぇじゃん)
晋ちゃんが銀時と、呼んだら、晋ちゃんはおれの高杉。そんな風に思いながら金時は待っていた。
待っていたのだ。
本人にはっきり聞けないのはやっぱり怖かったからだろう。
晋ちゃんがもしも高杉でなかったら。
銀時は高杉を失い、金時は晋ちゃんへの愛を試される。
(双子とか? かもしれねーし。…そこいくとほんと、銀八は幸せそうでムカつくわ)
スフレを食い終わってまたゲームを再開した高杉君にさっき晋ちゃんがしていたような格好をしようと迫る銀八に金時はいらっとする。
ここはわざとらしくはいはい、いちゃいちゃしな~いと割って入るべきだろうか。それとも殴られるのを前提に負けずに晋ちゃんにくっつくべきか。
「っとそろそろ帰るか」
何気なく時計に目を流した晋ちゃんがそういった。
「泊まってかねぇの?」
「ん。あいつもきてるみたいだし、猫にイチゴ牛乳やんねーと」
「あのぶさ猫か」
「ああ。近いうちにまた飯に行くから、何食うか考えとけよ」
「分かった」
「あ、晋ちゃん送るよ~。おれ車できたから」
と言って一緒に晋ちゃんと出ようとした金時は、高杉君に片目でぎろりと睨まれた、様な気がした。
「んん?」
「あんまりあいつに付け込むなよ」
(おっと~)
ぴちぴちの十八歳、銀八の高校生妻に牽制、されたようだ。
ちっちゃくてもいっちょまえに傷だらけ、包帯だらけ、破滅型奔放極まりない晋ちゃんを案じているのだろう。
ここで晋ちゃんのお気に入りを敵に回すのは得策ではない。金時はこくこく、と頷いた。
晋ちゃんに似た貫くような真っ直ぐな目に多少の後ろめたさを感じたからかもしれない。
いろいろなことを秘密にして、金時は晋ちゃんと幸せになれるんだろうか。
誰がどの高杉とか書いてる方ももうわけわからん。きっと読んでる方はそれ以上でしょう。お願い、ついてきて〜。続きは晋ちゃん視点かな。