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父親の方針で古武術の道場に通うようになったのは小4の時だった。
それまで高杉は勉強で困ったこともないし、運動も得意なほうでその上健康そのものだった。
そんな高杉に、電車で通わせてまで何でまたスポーツと言うにはマイナーな剣術道場へ入れたのか当時の高杉にはまるでわからなかった。
分からないなり、放課後にそこへ通うのは楽しかった。
そう、楽しかった。
学校の知り合いなど誰もいなかったけれどまるで気にならず、喜び勇んで駆け込んだものだ。
そこには松陽がいた。
高杉のものか、銀時のものか、それともその両方のせいかなのか判然としなかったが松陽を求める心が彼をこの世界に存在させていた。
そのころにはほんの少しの記憶もなかったのに、本能に刷り込まれているかのように 高杉は素直に松陽を慕い、そこで銀時にも会った。
銀時は松陽の近所に住んでいる悪たれ、という感じ。道場には同じ小学校に通う桂が通っていたのでその流れで顔を出しているようだった。
「なんか見た瞬間にがつんと来たんだよね。萌え的な? お前の袴姿、可愛かったもんねぇ?」
と後に銀時は変態くさい事を語った。
銀時自身は道場に入門したりはしなかった。兄が剣道を嗜んでいたので、似たような武術をすることを忌避していたようだった。
そのくせ熱心に顔を見せた。
「いや、おれはね、先生の茶のみ友達であって剣術とかはど~でもいいのよ」
などと嘯く小学生だ。高杉にとってはずっとむかつく奴であるはずだった。まさか同じ高校に通うようになり、付き合うようになるなんて思いもよらないことだった。
全てを思い出してみればあまりにも馬鹿馬鹿しい。自分はどれだけおろかなのだろう。同じ地点から少しも動けていない。
結局繰り返しているだけだった。
(どこまでおれは、おれたちはダミーでスペアでコピーなんだ)
父親が何処まで何を把握していたのかはもう確かめようのないことだが、高杉は道場に通うべきではなかったし、松陽にであってはいけなかった。
松陽はまるで生贄のように殺された。どこかで別の高杉を失って正気に戻った銀時に。
それは稽古の最中で、高杉は真剣を持っていたにもかかわらず対抗することもできなかった。松陽は心臓を一突きにされ、片目を斬られて動けない高杉をかばって、一緒に道場に来ていた銀時が腕と背中と肩口をやられた。
「先生! 銀時! ああああああああああああ!」
竹刀からはじめ、木刀、それから真剣と段階を踏んで腕を上げ、免許まで受けて置きながら、高杉はようやくそこで反撃することができた。
それ以来ずっと高杉は目覚めても覚めない悪夢の中を漂っている。
昼間寝すぎたためか睡眠は浅く、明け方近くに就寝したというのに早々と目が覚めてしまった。うっそりと片目を開ければ、左向きに寝ていた自分に向かい合うように抱きつく金時の寝息が首元にあたっていた。
(近ぇ)
付け込むなって言われたから、送るだけ。何もしない、何もしないからとか言っていたが、結局上がりこんで泊まっている。確かに何もされていないが、布団が狭い。
いい加減払いのけたかったが、体に力が入らない。高杉は小さく息をつく。
昨日誕生日だったの、おめでとうって言って、とねだられたのだがどうしても言うことができなかった。これはその代わりらしい。
(どうせいっつも無断で入り込んで勝手に寝て行くくせに。アホか)
そんな風に思うのに、どうしても言えなかった。さっさと望む言葉を言ってやって追い出せばよかったのに。
それでも、どうやっても十月十日に生まれたことをめでたいなどと思えなかった。十月十日生まれの白もじゃはいずれ斬ることになっている。金時は金もじゃだが、だからって免れるわけじゃない。
ただ、金時を斬るのは高杉の仕事にはならないだろう。
高杉は自分の体に回された金時の左腕に残る傷跡にそっと触れた。
警戒心の強い高杉は本当は他人と一緒に眠ったりなんてできない。従弟や叔父は別だろうが。あれらは他人と言うよりは鏡のようなものだ。
例外があるとしたら、それは銀時だった。しかし今、高杉は銀時たちと命を奪い合う立場だった。坂田銀時の因子を持っているからといってそうやすやすと寝床にまでいれたりはしない。
多分。
この世界にたくさん散らばっている銀時たちの中で何故金時だけに許しているかといえばこの傷あとのせいだろう。左手の傷は骨まで達し、斬られた神経を繋ぐのは難しく、そのせいで小指と薬指は少し動かすのがぎこちないようだった。
金時にはあと、二箇所、大きな傷がある。背中と、肩口に。
初めて金時の裸を見たときには唖然としたものだ。
振り切って逃げた鬼に捕まった気分だった。
そう。見て見ぬ振りをしているが高杉はとうに気付いている。金時は高杉の銀時だった。
(誕生日も一緒だし…。もう二度とあわねぇと決めていたのにな)
そのために、それなりの対策もした。ぎゅ、と引き絞られるような心臓を掌で押さえながら、初見でちゃんと確認もしていた。
お前の髪は本物か? と。
もちろん、純正金髪和製ホストだもんと金時は答えた。嘘ではなかった。
多分高杉は聞き方を間違えたのだろう。
まさか生えてくる髪そのものの色が変わってしまっていたとは思わずに。
だがそれは言い訳だ。
情報を重んじる高杉らしからぬ失態だ。病院に担ぎ込まれた後の銀時についてきちんと確認していれば済むことだった。
直後の錯乱していた時期はともかく、曲がりなりにも社会と折り合いをつけてからはいつでもできたことなのに。
しかし高杉は銀時を見たくなかった。
銀時を目にして正気を保てる自信がなかった。敵と認識して斬り掛かってしまうかもしれない。心神喪失状態に陥って無我夢中であれを迎撃した日のように。
実際何回かそういうことがあった。あの顔にはオートで攻撃してしまう。
銀八だけじゃない。実はあの弁護士にもやったことがあった。彼はまだ何も知らないのに。事なきを得たのは傍に叔父がいたからだった。
叔父は体は虚弱なのに職業柄か、それとも記憶のせいかそれなりに刀の扱いには精通していた。流石高杉晋助の影の一人というべきだろうか?
その後はもっと悲惨だった。目の傷が焼けるようにうずいてフラッシュバックが起きる。今と昔とあちらとの境目がなくなる。混じりあう。自分がなくなる。区別がつかなくなる。壊れる。気が狂う。
きっとその方が楽になる。だが自分は中途半端にいつまでも残っていて、それが苦しい。
医者によればPTSDだという。
そんな訳あるか。
PTSD?
何のトラウマだ。
松陽を奪われたのはこれが初めてではない。
銀時と殺しあう事だって。
命を狙いあうことには前の世界から慣れきってしまっている。
血の色も匂いも生々しく肉を断つ音だって何度も何度も経験した。
松陽と銀時と片目を失った傷みのせいなんかじゃない。高杉晋助という亡霊の記憶が高杉に取り憑いたせいだ。しかしそれならどうしてこんなに苦痛が伴うのだろう。
自分の過去を取り戻すだけなのに。どうして今の自分が消えて行くような気がするのか。
「おれはダミーでスペアでコピーなんだろう!?」
もがき苦しむ高杉に同じ顔をした叔父は言ったものだ。
「本当に?」
心からそう思っているのかと問うた。
「納得できてたらそうはならねぇ。あいつは一人でああなったわけじゃねぇし、俺たちは尚更だ。俺らはあいつらの願望なんだから」
もっと別のとき別の場所で生まれていたら、別の生き方ができただろうか、そうした迷いを映しとった影なのだと言った。
「俺たちは似て非なるもの。俺とお前が少しだけ違うように、決して本物にはならねぇ」
本物のように、派手な着物に煙管を銜えた彼でもそう言った。ではその格好はなんなのか?
それは叔父の覚悟の証だ。こんなくだらない茶番はとっとと終わらせるに限るという抗戦の合図だった。
俺は覚えている。欠片はここだ。いつでも命を取りにくればいい。
派手な囮だ。
完全に納得する事は出来なかったが、それはいいと思った。
だから、高杉も以前の銀時のような格好を選んだ。あいつらが思い出していれば、分かる。
どうせ壊れるのならとことんやっている。地面に踞ってのたうち回って、血反吐を吐いて。それでもこのまま呻いたままではいられない。
自分が狂うか、この狂った世界が終わるのが先か。高杉は刀を握り続ける。
金時を始めて見た日、高杉はやはりぶっ壊れた。ただ簡単に金時が高杉に殺されなかっただけだ。
凌げるだけ凌いだ金時に坂田銀時ではない既視感を感じて、高杉は失神した。咄嗟に自己防衛のために精神をシャットアウトしたのだ。お陰で金時に万事屋まで送られる羽目となって今に至る。
一定以上金時に寄られると全てがどうでもよくなる。抵抗できない。口付けもそれ以上も、こうして大人しく腕の中で寝ているように。
高杉は金時を振り切ることができないのだ。進入を、侵食を許してしまう。
(俺はおかしい)
高杉晋助のダミーでスペアでコピーだと認めてないなら、どうして金時は受け入れられる?
銀時だと気付いた時点で晋助をおいて、失踪することもできたのに、高杉はとうとうそれをしなかった。
(業が深ぇ)
どんなに否定してみても、結果を見れば明らかだ。愛着がないといえばうそになる。
(質の悪い夢だ)
胸が悪くなるほど甘く苦しい。
高杉が生きている限り、金時が覚醒することはない。そのときが来ない限り、坂田銀時の欠片は取り出せないし、金時が晋助たちを殺し始めることもない。
金時を殺すのが自分でないならつい、いいかと思ってしまう。このままこうして、いてもいいかと。気の迷いだ。それでいいはずがないのに。
(何度もお前を殺して、お前に殺されているのに、懲りるってことをしらねぇ。おれは馬鹿だ)
愚かで、臆病な、ただの道化。
この腕を放さなければ、そう思うにできない。眠る金時の体温がじわじわとそこから、高杉に移るのを感じながら、高杉はため息のように呼んだ。
「銀時…」
それは本当に小さなささやきで、誰の耳にも届かないような声だったのに、ぱちり、と金時は目をあけた。
「なに? 高杉」
息が止まるかと思った。
「やっぱり、高杉だったんだな」
「き、」
「逃げないで。やっと会えた、晋助」
落される口づけに失態を悟る。
撥ね除けて、何か言わなければと思うのに、口を塞がれた。動けない。
キスをしながら金時の右手が頭の下へ入り込んで、包帯の上の髪をゆっくりと撫でた。
真綿に包まれるように金時が重なり、絡んできて、この上もなく優しくされて…。
「生きてた。良かった」
そういわれながら愛されて、高杉はとうとう最後まで金時を振りほどけなかった。
凍傷
歩哨に立つ見張りのしわぶき一つ聞こえてこない、しんと空気が張りつめた夜だった。外は音もなく雪が降り積もっているだろう。年に何度も雪の降らない西で育った 高杉でも幾冬かを越せばそうした事が分かる。
(冷えるはずだ)
横になったせんべい布団は一向に暖まる気配がない。逆に高杉の体はどんどん冷えて行く一方だ。
それでも雪の降る夜は暖かい、と北の出の者は言う。本当に骨身に凍みるように冷たいのは、雲一つない晴れた夜なのだと。そんな日には雪まで凍る。
霜が降りるのは何度も見たが、雪が凍るとはどういうことだろう。水たまりが凍るのとはどう違うのだろう。松陽だったら知っていただろうか。
(先生は何でも知っていた)
真冬の東北遊学をされたというのだ。もちろん体験した事だろう。音のない夜も、きらきらと光る雪原も、道が消え、村が埋もれるほどの大吹雪も。
高杉たちはといえば、寒冷地には敵の天人も入植の旨味がないようで、そんな夜はまだ未経験のままだ。
高杉は息を一つ吐き出すとむくりと起き上がる。あまりにも寒くて寝付けない。思考も冴えたままだ。それならもういっそのこと寝なければいい。
見張りと交代してもいいし、これからのことを考えるのでもいい。ただ雪見と洒落こんでも。
雑魚寝している部下の部屋に潜り込めばまだ暖かいだろうが、それは丁重に断られた。
まだ命が惜しいらしい。
意味が分からない。俺は死神か何かかと高杉は思う。銀時じゃあるまいし、人の布団の中に潜り込もうというわけではないのにけち臭い野郎どもだ。
そういえばその銀時がもうすぐここへ合流してくると連絡があった。半月ばかり前に別れたきりだがどうやら出先の防衛に成功したらしい。一緒に敵の動静を携えて来るはずだから、それ如何で鬼兵隊は次の標的に向かう事になる。
せんべい布団に重ねた羽織を探り当てた高杉はそれを纏うと部屋を出る。
「あれ〜? 高杉、こんな夜中にいったい何処行くの? 厠? それとも誰かの布団の中とか?」
降り積もる雪同様に足音もさせずにやって来たのは銀時だった。既に軍装は解かれ、乾いた着物に着替えた後のようだ。
「着いたのか」
隊が帰還したにしては静かだが、夜間の事もあり、はばかって入って来たのだろう。それでもいつもなら奥にまで気配が漂ってくるものだが、それらも全て雪に吸収されてしまったようだ。
「ん〜。たった今ね〜。雪中行軍は流石につっかれた〜」
そう言いながら、銀時は出て来た部屋へ高杉を押し戻し、べろりと人の布団をめくり上げた。
「ほら」
ほらって何だこの天パとは思うものの、この寒い夜にはこの上もない誘惑だった。布団を敷くのを面倒がる銀時ともう何度もこのようなことがあり、その暖かさが染み付いている。寒さが堪えていたから余計だ。
「どうせ寒くて寝られなかったんだろ? やせ我慢したって寒いもんは寒いまんまだぜ」
高杉はふんと、鼻を鳴らす。
俺もまるくなったものだ。
そう思いながら、そろりと銀時の作った隙間に入る。他人の、しかも男となんかと一緒に同衾して平気だなんて。
「うおっ冷て! 死体か! 外から帰って来た俺より冷てーってどういうこと? 悪 巧みばっかりしてるからだぞこの冷血漢!」
「うるせーな、お前こそなんでこんなにあったけーんだよ」
「糖分じゃね?」
糖分はばかにならねーエネルギーに変わるわけよ。お前も好き嫌い言ってないでイチゴ牛乳くらいのみなさいね、背が伸びないよと余計な事を言う。
口の減らない男だ。
そう思いながら、狭い布団からはみ出ないように抱きつかれ寄り添いあいながら、じわじわと熱をうつされた。久しぶりにぽかぽかとそうして高杉は眠りについたのだった。
雪は随分と積もり、膝の辺りまである。
帚では掃ききれないほどだ。そう思って外を眺めているとまとまった雪にすでに格闘しているものがいた。何の事はない。高杉に凍る雪の話をした北の出の者だった。
「そりゃなんだ?」
「雪かきだよ。雪ぃほげなきゃならんでしょう」
「へえ?」
「ここらの人は勘違いしてるけどね、雪かきってのはね、晋さん、帚で掃くもんじゃないんだよ」
そういって男はせっせと雪を切り分けては平らな板部分に雪を乗せて、遠くへ放った。なるほど。確かに膝まで積もってしまえばこちらの方が合理的だった。
「晋さんとこは雪車遊びなんてなかったでしょう」
「ああ。せいぜいが雪合戦か」
そんなことを言い合っているうちにヅラがやって来て高杉に声をかけた。
「高杉、銀時を見なかったか? 昨夜帰って来たそうだが姿が見えん」
「まだ寝てるぜ」
「やはりお前の所だったか」
高杉は肩をすくめた。
「一刻も早く寝てーんだろ」
気持ちは分かる。高杉だって部屋割りとか布団の用意とかが面倒な時がある。仲間の寝床に忍び込んだ方が早く休めると分かっているなら尚更だ。
ただし桂は例外だ。正座で説教二時間、上乗せされるくらいなら、最初から近寄らない。
「お前もやすやすと許すんじゃない」
しかし近寄らないからといって無事にすむかといえばすまないのが桂で、ぴしりと小姑からは小言が飛んだ。銀時のせいでとんだとばっちりだ。まあ昨夜は暖かく寝れたからいいけれども。
「だってあったけーんだぜ?」
「その内痛い目にあうぞ」
「?」
痛い目ならもうとっくの昔にみている。何を今更と思いながら高杉は連れ立ってヅラの部屋へ行った。銀時と一緒に帰って来た者たちの話によれば四十里ほど東の集落に天人の集団がいるとの噂だ。
浪人崩れが斬り掛かったというが、光る武器に貫かれて一瞬のうちに命を奪われたとか。あくまでも噂で真実のほどはしれないが、ヅラは他にも何か情報を拾っていないか銀時にも確認したかったようだ。
「おもしれぇ。そいつぁうちがもらうぜ」
斥候がてらでばってやれそうだったらゲリラっちまおうと高杉は言った。あわよくその光る武器を手に入れられれば万々歳だ。最悪こちらで使いこなせなくてもいい。どんな攻撃なのか、知れるだけでも今後の戦術に活かすことができる。
「面白いか面白くないかで判断するな」
ヅラは面白がる高杉に渋面だ。
「楽かどうかでするよりゃましだろ?」
鬼兵隊が身をもってその光る武器とやらを確かめてやるというのに何が不満か。へたな奴らを差し向ければ被害が拡大するだけだ。
しかし高杉には下手を打たない自信がある。ヅラだって鬼兵隊に任せるのが一番良いと分かっているはずだ。鬼兵隊は奇襲を得意とする。そして高杉の好みに拙速だ。奇道はお手の物。
そのとき、すぱん、と障子戸が勢い良く開いた。
「俺が帰って来た翌日に出発とか許すわけねーだろ」
「銀時」
許すとか許さないとかなんでお前に言われなきゃなんねーんだよと高杉は言った。しかし銀時はまるで取り合わずぐい、っと座っていた高杉を担ぎ上げた。
「なっ、てめ、」
「半月ぶりの晋ちゃん充しなきゃはなさねー」
そのまま銀時は邪魔したな、と来たときと同じく唐突に去って行く。
「ちょっ、待て、」
銀時この野郎! 離せ! とかなんとか高杉はずっと文句を言っていたようだが、逃れる事はできなかったようで、銀時の歩みに従って声は遠ざかり、だんだんと小さくなって行った。それを一人聞いていたヅラは小さくため息をついた。
「だから痛い目を見るといったのだ」
しかしもう二人はとっくにのっぴきならないところまで行ってしまっているようだった。
忠告は少しばかり遅きに失していた。
雪だなと窓を開けて見上げていたら懐かしい事を思い出した。だが同時に古傷が痛んで、顔をしかめる。そこへ来島がやってきた。
「晋助さま、炭は足りてるっすか。ってこんな開けっ放しで」
冷えて来たのを心配している。火鉢に炭は充分だった。あの頃に比べれば何でもあった。炭も食べ物も武器も。足りないのは人間か。みんないなくなった。
「折角降ったんだ、雪見くらいしてやんなきゃ面白くねぇだろう」
「寒くないっすか」
だが事を起こす為の人間も揃い始めていた。だからそれほどここは冷え冷えとはしていない。
しかし寒くないといえばそれは虚勢だ。
「まあなぁ。雪見酒でもありゃ別だが」
高杉は素直に認めて酒をねだる。その方が得策というものだ。
「しょうがないっすね〜。ちょっと支度してくるっすよ」
「おう」
高杉には全般甘すぎる来島はあっさりと意を汲んでぱたぱたと出て行った。
雪はまだ降っている。深々と、積もるだろう。
白く塗りつぶされて行く庭を眺めながら高杉は自嘲を浮かべた。
「いたいめ、か」
ヅラの忠告は的を射ていた。まじめに聞いておけば良かったのかもしれない。
寸分の隙間もなく体なんか重ねずに、寒くても適度に距離をとっておけば。
こんな引きつれるような、ひりつく痛みを乎簿終えるとは思ってはいなかった。
銀時から仕掛けて来たことなのに、あっさりといなくなりやがってあの野郎。
狡い奴だ。
確かに高杉はいたい目を見た。この傷は思い出したようにしくしくと痛んでは高杉を苛むだろう。いつまで?
あの冷たさと熱さを忘れる日まで? それまでずっと? その想像はちっとも楽しいものではなかった。
「あの馬鹿」
煙管に煙草をつめて、火鉢から火をうつすと高杉は一人ごちた。
「いっそのことやっちまうか」
八つ当たりとか逆恨みとか、ヅラなんかは痴情のもつれとかいうかもしれないが、まだ銀時の殺害方法を考えていた方が気分がまぎれる。
「おもしろき事もなき世をおもしろく…」
そううそぶいて、高杉は息よりも白い煙をはいた。
面白おかしく? テロリストされている総督に滾ったあれこれをあのひとの辞世の句にぶつけてみました。うん、すみません。
その上今は夏だとか、そんな事気にしないだぜ。
十月十日は銀時の誕生日だった。
自分が生まれた日はおろか、年さえも分からない銀時を見て、松陽が決めた事だった。あれは銀時が松陽に捕獲されて家に連れられて帰った日のことだった。
松陽が井戸で汲んだ水でかわるがわる足を粗い、旅の埃を縁側で落しながらぽつりぽつりと話をしていて。
「そうですか。いくつくらいですかねぇ。まあ誕生日は今日にしましょう。銀時がうちにやってきた記念に」
はあ、といいながら銀時は頷いた。まあ誕生日といっても当時は特別重要な日ではなかった。年は正月にみんなでとるものだからだ。
記念にしてもらえるならそれでいいや、とこだわりはなかった。
「年は重要ですね。う〜ん」
そういいながら松陽は銀時頭の先から足の先まで熱心に見る。
「先生、お久しぶりです。お帰りなさい」
そんな時だった。知らない子がやってきたのだった。
「おや晋助。元気にしていましたか」
晋助というらしい。銀時には望むべくもない、黒くて真っ直ぐなつやつやとした髪で目もなんだかきらきらしていた。着ているものも汚れなどなく、白鳥か鶴のように違う生き物に見えた。
「はい。先生が寺町をお通りになられたと聞いて。丁度小豆をたいていたところでしたので母がおはぎを持たせてくれました」
「ありがとう。今日はごちそうですね。お茶を飲みながらみんなで頂きましょうか」
「はい。先生、この子は?」
ちら、と晋助は銀時の方を見ていった。
「銀時といいます。一緒に暮らそうと思って連れてきました」
「はあ。銀時? おれは晋助」
「えーとよろしく?」
「まあよろしく」
友好的かといわれれば友好的なまずまずな挨拶を双方かわした。まだ探りを入れている常態ではたしてこいつとは仲良くやれるのだろうかそれとも敵か、いやいやそんなにしょっちゅう顔を会わせたりしないだろ。近所の子?
みたいなかんじだった。
子供たちの微妙な空気を察したのかそれともあえて読まなかったのか、松陽はそうそう、といった。
「銀時は晋助と同じ年頃ですね」
「えっ、おれこんなにちみっちゃくねぇよ」
思わずそういってしまった銀時は晋助の逆鱗に触れたようだった。
「誰がちびだ!」
くわっと烈火のように言い返された。
「え〜、だって〜」
「銀時だって大してかわりはしないよ」
「そうだ! ほんのちょっとしか違わないだろ! すぐに抜いてやる!」
負けん気を前面に押し出した晋助はぎらぎらしながらそう言った。
ただ残念ながら、晋助が松陽の元で三度の食事に困る事なくすくすくと育つ銀時の背を抜く事はなかった。それどころかある時には一回りくらい差がついて。流石にその時は松陽も小太郎、銀時、晋助が並んでいるのを見ながらいった。
「小太郎と同じくらいでしたかね?」
「先生、今おれの背を見ながら言いました?」
「いや、でも中身は」
「ひどっ、先生何気にひどっ! 世知辛い世の中で育って中身が育ってねぇわけねーだろう。銀さんもう大人ですぅ」
「てめぇ、銀時。なんでおれと中身が同じくらいで酷いって話になんだよああん? お前おれより大人のつもりかぁ?」
「あれぇ、そう聞こえなかったぁ? もしもし可愛いお耳は大丈夫ですかぁ?」
そんで取っ組み合いの喧嘩になったり。
「うん。やっぱり同じくらいですね」
と微笑ましくいわれたりした。
あの頃の高杉、可愛かったなぁ。今も充分可愛いけどね。ほら、色というか艶を増したからね。大人の魅力って奴?
と思いながら銀時はおはぎをもっしもっし食べ続けた。
だってあんなことがあれば誕生日ってイコールおはぎでしょ。ケーキなんかあの時代なかったしね。
あ〜、それにしてもうまい。おはぎは半殺しの粒あんに限る。
そんな一人寂しい誕生日を過ごしました。
新八神楽を拾う前の話。
お久しぶりです。銀誕なのでせっかくなんで何かと思ってちょっとだけ上がってきました。久しぶりにやって来たらおいでいただいてるみたいで驚愕しました。まじすいません。
じゃんぴ。イボの話とか面白かったです。なんで銀さんはいぼに侵されなかったの。どんだけ無気力に回りにとけ込んだ空気だったのと思いました。カイザーとか近妙とか新神とかもね。大変ほのぼのとした。いいじゃない。銀ちゃんには高杉がいるじゃない。