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運ばれて行く。
地獄というものがあるとしたらそこだろう。高杉はそう思っていた。けれども皮膜のようなものを獣が飛び越えればそこは明るく、花が満ちていた。
桜。
青い空に、淡い花びらが風に舞う。
「!?」
獣は止まると、高杉を放り投げた。
そして何事もなかったように高杉の隣へ座り込んだ。それはみるみると小さくなると、性悪な目をした猫になり、しっぽだけをゆーらゆらと振る。
「ああ、春が私の庭に戻りましたね。お帰り、晋助」
忘れたことのない声が頭上からして高杉は顔を上げる。
「先生…」
手を引かれて立ち上がった高杉は松陽の背の半分もなかった。もう一度。
もう一度会えるなら何をしてもいいと思っていた人が目の前にいる。たとえ許されなくとも。
先生。
高杉は喘いだ。話したいのに、苦しくて声が出ない。
「みんな君を待ってました」
肩を押されて、よろめきながら高杉が進むと松塾の小さな部屋の中には、吉田や久坂、入江がいる。塾の小さな机が並ぶ中に。机はまだ少しばかり空きがあり、桂や銀時の席はまだ当分暖められることはないだろう。
何故だか高杉は鼻の奥がつんとする。
「高杉」
旧友たちは縁側まで歩いて来て口々に名を呼んだ。高杉は彼らと話すために歩こうとして、黒猫に追い越されてしまった。
獣は春の光が燦々と降る縁側に乗り上がって丸くなる。すっかり落ち着いた風で、そこに眠る体勢だ。
「晋助、けれども君がここに来るには少しばかり早過ぎる」
高杉は松陽をただ見上げた。何故そんなことを言うのだろうか。早過ぎるといえば早いかもしれない。けれどもここには自分よりも尚早く逝ってしまった友人たちがいるではないか。
「ほら、お迎えです」
え、と振り向くとそこには巨漢の男が立っていた。
「総督」
「三郎…お前たち」
高杉は、いつかの時と同じように、三郎に抱え上げられた。そのまま三郎たちは走り出す。
「三郎? 先生!」
抱えられた高杉は遠ざかる松陽に手を伸ばす。松陽はにっこり笑って手を挙げる。小さな久坂たちも陽気に手を振った。
「またな」
「元気でな」
「喧嘩するなよ」
ここを離れて一体何処へ。腕を三郎の肩に置き、前を、三郎の方を向こうとする高杉に三郎たちは口々に言った。
「総督、まだ駄目ですよ」
「俺たちあんなに言ったじゃないですか」
「そうです。俺たちの分も長生きしてくださいよ」
「辛いでしょうが頑張ってくだせぇ」
「俺たちがずっとあなたを守りますからね」
「ちゃんと今度こそ幸せになってくれなきゃあ」
「お前、たち…?」
「ほら、坂田さんたちが待ってますよ」
そうして、あの粛正のあった日のように高杉を運ぶだけ運んで、置いていった。幕府の手の及ばぬ、長州江戸藩邸。門の内側へ。
「止めろ! 何処へ行くんだ! ここを、開けろ! 開けてくれ!」
声の限り、高杉は絶叫した。
「行くな! 死なないでくれ!」
けれどもそれはもう終わってしまったことだった。
「高杉!」
はっと高杉は覚醒した。目の前には銀時がいて、高杉の顔を拭った。
「銀時…」
酸素吸入がされていて、声はくぐもった。腕から管を入れることができなかったのか、足の血管から輸血と点滴をされている。その他にも様々な計器が高杉を取り巻いていた。
「お前、頑張ったよ」
銀時の目は双眸ばかりでなく、目の縁まで赤かった。徹夜で起きていたようだ。
「良かったっす。…良かったっす、もう目を覚まさないのかと」
傍で来島が号泣している。
「まだ予断は禁物ですよ。これが最初の覚醒期ですから」
そういうのは武市だった。全員がいた。というより、最後に見た時よりも増えている。
高杉より尚小柄な山田がいて、棒のような山県もいる。佐世、駒井に、京都にいるはずの品川。
(お前たち、前線はどうした…)
そう思いながら、高杉は再び眠りについた。
「心臓がお強い」
銀時に変わって数値を見ている医者は感心して言った。生来病弱な高杉だったが確かに心臓だけは強かったのだろう。曲がりなりにも戦場を総督として駆け抜けたのだ。
(お前はお前が思っているよりずっと脆くて、でも強いんだよ)
銀時は安堵で泣きながら、ちーんと鼻を噛んだ。まだまだ先は長い。一々泣いてなどいられない。だが良かった。
二度と目を覚まさないかもしれない。
信じていたけれどもその可能性の方が多いのだ。誰に言われなくとも分かっていた。それでも生き残る可能性がほんの少しでもあればそれに賭ける。
そうやって戦場での絶望的な状況も銀時たちは打破して来たのだ。
すっかり熱は下がった。
あとは劇薬である薬の副作用に打ち勝つだけだ。雪火が進んで、毛細血管は破れ、肺の中でも出血は続いている。皮膚の下は紫色だ。内蔵は多臓器不全を起こしている。それでも生きてくれると信じた。
あのとき、高杉が何を考えて薬を煽ったのかは分からない。けれども、それは銀時のためだった。力つきて死ぬにしても銀時のためにしてくれたことだ。最後くらい銀時の意向に添ってやろうということだったのかもしれない。
だがそれでも。ほんの少しでも、生き残って銀時と一緒に暮らす未来を考えてくれたのだと銀時は思いたかった。
だから一緒に江戸に帰ろう。片時も離さず寄り添い合って暮らそう。
(一緒に生きようぜ、高杉)
子供のように無力でもなく、思い詰めて突き進む若さもなく、銀時たちはふてぶてしい大人になった。面倒を見る奴がいて、心配かけて、笑って、生きている。
そろそろお互いを失わない為の方法が分かってもいい頃だ。
死んだ後にではなく、この現在を幸福に、共に過ごす方法が。
3月20日。江戸城総攻撃は正式に中止され、徳川家の存続が確定した。
しかし尚も官軍と戦おうというものは多くおり、そうした勢力は上野に集結したり、一路会州を北上するものもあるそうだ。
そんなきな臭い動きもあるものの、どうやら戦火が江戸に及ぶことはなさそうだということで、船で脱出をせずに残っていた新八は、出勤途中の階段の上で、閉めたきりになっていたスナックお登勢の前に高級車を中心に車が数台止まるのを見た。
車から降りて来たのは、見覚えのあるへそだしの金髪少女。新八と戦ったことのある今時珍しい髷のお侍、人斬り岡田以蔵、河上万斉などの鬼兵隊の面々だった。
「!?」
何なんだ?
確か銀時が鬼兵隊の高杉のところへ行ってくるってことだったが、何か最悪の事態だろうかと新八は身構えた。
(例えば銀さんが返り討ちにあっちゃって、お礼参りとか。ああ、銀さん。銀さんはどうなっちゃったんだろう? 一体僕はどうしたら?)
と一瞬パニックを起こしそうになった新八だった。
(いやいやいやいや。幾ら普段はマダオな銀さんだっていざというときはやるもの。きらめくもの。簡単にやられる時もあるけど、すぐに帰ってくるっていったんだから僕たちが信じないでどうする!?)
そんなことを考えている間に鬼兵隊の一人が高級車のドアを空けた。
出て来るのはあの高杉晋助か? と思ったがそうではなかった。
「銀さん!」
「おー、新八。元気だったか? 悪いけど戸あけてくんね? 銀さん今両手が塞がってるから」
車から出て来た銀時は白いものを抱えていた。
それは銀時がいつも来ている着物だった。それに何か包んでいるのだ。
「お帰りなさい銀さん! 今開けます」
がたがたと新八が万事屋の鍵を開けていると。
「さっさとするっす」
と金髪少女に不機嫌そうに脅された。彼女もまた荷物を持っていて大きなふろしき包みを抱えていた。その後ろには河上がさらに巨大なふろしき包みを侍と二人掛かりで運んでいた。新八が腕を切り落としちゃった岡田は岡田で義手を使って、軽々と 重そうに機械を車から降ろしている。
新八は急いで玄関の両扉を開けて外した。金髪少女はともかくとして、二人掛かりで運んでいる巨大風呂敷は玄関を通らないと判断したからだ。
金髪少女はそれを尻目にさっさと中へ入った。
「わ、何あるか! お前、勝手に人んちに何の用ある!」
珍しく起きていた神楽が突然の来客を威嚇して口論を始めた。
「神楽、そいつら通してやれ。先に進めねぇ」
いつの間にか階段を上がって来たのか新八のすぐ横まで銀時が来ていた。
「銀ちゃん!? お帰り! オラ退けよ」
といいながら神楽が飛び出して来て銀時に抱きつこうとした。しかし銀時の両腕は既にいっぱいだった。
「銀ちゃん、それ何あるか? お土産?」
銀時はにやりと笑った。
「残念。これは俺の」
まるで花嫁のように白い着物に包まれていたのは、人間だった。
鬼兵隊総督高杉晋助。
「こっこの人、」
「ん? 銀ちゃんが戦いに行った高杉ね」
だが銀時は別に戦いに行った訳ではなかったらしい。先に入った鬼兵隊たちが
「晋助さまをせんべい布団に寝かせる訳にはいかないっす」
とばかりに巨大風呂敷から出した羽布団を和室に敷いているところへ入りながら銀時は二人に説明した。
「これ、晋ちゃん。今日から俺の嫁な」
新八は口をぱかりと開けた。
「はあああああああああ? 嫁って、あんた」
「おっとあんまり近づくなよ、新八。こいつ雪火だから」
「あっ、はい、分かりましたって、はああああああ?」
驚いて突っ込みどころでない新八のかわりに神楽が聞いた。
「銀ちゃん、地球では男と結婚できないあるよ?」
ということは宇宙では結婚できるのか? 初めて聞いた!
「何言ってんだよ。これから幾らでも出来るようになるに決まってんだろ。何せ新政府にはヅラいるしな」
法律変えさせる気だよ、この人!
助けて世間の常識ぃぃぃぃ!
「何を言ってるはこちらの台詞でござる。晋助を身柄を渡すだけでも腹が煮えくり返るというのにその上籍まで入れられては我らの立つ瀬がござらん」
「そうっすよ! そんなこと晋助さまがいいというわけないっす!」
「坂田さん、晋助さまのモテ度を舐めてもらっちゃ困りますよ。新政府にはそんな法案、片っ端から握りつぶすような人ばっかりですからね」
「まー、そこは拘らねぇよ。銀さん別に事実婚でも、晋ちゃんが俺の奥さんなのはかわらねぇし」
え? 何?
高杉さん、一緒に暮らすの決定? いや僕は一緒には暮らさないからそれはいいとして、銀さんと高杉さん同居決定?
それにしても高杉さんさっきからいっこうに目を覚まさないんだけど大丈夫なのこの人? 雪火って聞いたけど、雪火ってことは大丈夫なの?
新八は朝っぱらからメダパニをかけられまくった。
「つーわけで、俺たち今日から新婚さんだから。お前らもそのつもりでな」
幸せ全開!
みたいな不気味な顔で宣言する銀時に新八は大事なことを聞いた。
「それって高杉さんも同意したんですか?」
銀時は笑った。
けれども応とも否とも答えなかった。
桜は瞬く間に散っていった。それからも高杉は眠り続けた。高杉が回復期ともいわれる覚醒一時間を突破するまで常人の何倍も時間がかった。
昨日よりも今日、今日よりも明日、という風には行かなかったことだけは確かだ。覚醒期が延びたかと思えば、急に後退する日もあり、銀時は随分とやきもきした日を送ったものだ。
その間に時代は明治と呼ばれるようになっていた。新政府の、主に桂の手で、大規模な雪火に対する予防と隔離が行われ、看護体勢も戦後官軍の余剰兵員を使ってシステム化された。特効薬は相変わらずないものの、今まで通りの薬は無料で配布されたし、防菌コートも防菌幕も充分な数を用意され、段々と下火に向かってる。
真選組は会州、北海道を転戦し、函館で降伏する。鬼兵隊は解散し、ある者は軍へ、ある者は野に下った。身分を取り上げられた士分が反乱の気配を見せていたが、東京と改名された江戸は平和だった。
新八は相変わらず万事屋に通いでくるし、神楽は住み込みだ。仕事はあるようなないような。物価もまだ安定する気配は見せないが命の心配だけはない。銀時は望み通り高杉と暮らしていた。
「やっと、俺のとこに春が来たなぁ」
しみじみと高杉を抱きながら銀時がいうと何事もなかったようにすました顔をして高杉は答える。
「年中春めいてるくせによくいうぜ」
病状のためもあるが、全般高杉は大人しくしている。
「銀時」
「ん」
「満足か?」
憑き物が落ちたかのように大人しく、ただ銀時の傍にいた。何をしていいか分からないらしい。実際できることもそうないように思われた。
「この上もなく、すっげー、満足」
銀時はニタアと笑い、それを聞いた高杉も花のように笑った。
史実ベースの死にかけ高杉未来妄想(でもしぶとい)というお話でした。切ないのが銀高の良いところですが、無理矢理ハッピーエンドに持って行くのが隙間産業の使命かと思い、あんなに絶望的な状況だと言いつつも生存エンドです。
肩すかしでごめんなさい。メロドラマなので半端なきご都合主義です。
新婚編の前振りにしてはうんざりするほど長いですが読んでいただいてありがとうございました。←何!? 糖分が絶対的に足りないので明治のお話も番外の如く新婚と思ってます。
地獄というものがあるとしたらそこだろう。高杉はそう思っていた。けれども皮膜のようなものを獣が飛び越えればそこは明るく、花が満ちていた。
桜。
青い空に、淡い花びらが風に舞う。
「!?」
獣は止まると、高杉を放り投げた。
そして何事もなかったように高杉の隣へ座り込んだ。それはみるみると小さくなると、性悪な目をした猫になり、しっぽだけをゆーらゆらと振る。
「ああ、春が私の庭に戻りましたね。お帰り、晋助」
忘れたことのない声が頭上からして高杉は顔を上げる。
「先生…」
手を引かれて立ち上がった高杉は松陽の背の半分もなかった。もう一度。
もう一度会えるなら何をしてもいいと思っていた人が目の前にいる。たとえ許されなくとも。
先生。
高杉は喘いだ。話したいのに、苦しくて声が出ない。
「みんな君を待ってました」
肩を押されて、よろめきながら高杉が進むと松塾の小さな部屋の中には、吉田や久坂、入江がいる。塾の小さな机が並ぶ中に。机はまだ少しばかり空きがあり、桂や銀時の席はまだ当分暖められることはないだろう。
何故だか高杉は鼻の奥がつんとする。
「高杉」
旧友たちは縁側まで歩いて来て口々に名を呼んだ。高杉は彼らと話すために歩こうとして、黒猫に追い越されてしまった。
獣は春の光が燦々と降る縁側に乗り上がって丸くなる。すっかり落ち着いた風で、そこに眠る体勢だ。
「晋助、けれども君がここに来るには少しばかり早過ぎる」
高杉は松陽をただ見上げた。何故そんなことを言うのだろうか。早過ぎるといえば早いかもしれない。けれどもここには自分よりも尚早く逝ってしまった友人たちがいるではないか。
「ほら、お迎えです」
え、と振り向くとそこには巨漢の男が立っていた。
「総督」
「三郎…お前たち」
高杉は、いつかの時と同じように、三郎に抱え上げられた。そのまま三郎たちは走り出す。
「三郎? 先生!」
抱えられた高杉は遠ざかる松陽に手を伸ばす。松陽はにっこり笑って手を挙げる。小さな久坂たちも陽気に手を振った。
「またな」
「元気でな」
「喧嘩するなよ」
ここを離れて一体何処へ。腕を三郎の肩に置き、前を、三郎の方を向こうとする高杉に三郎たちは口々に言った。
「総督、まだ駄目ですよ」
「俺たちあんなに言ったじゃないですか」
「そうです。俺たちの分も長生きしてくださいよ」
「辛いでしょうが頑張ってくだせぇ」
「俺たちがずっとあなたを守りますからね」
「ちゃんと今度こそ幸せになってくれなきゃあ」
「お前、たち…?」
「ほら、坂田さんたちが待ってますよ」
そうして、あの粛正のあった日のように高杉を運ぶだけ運んで、置いていった。幕府の手の及ばぬ、長州江戸藩邸。門の内側へ。
「止めろ! 何処へ行くんだ! ここを、開けろ! 開けてくれ!」
声の限り、高杉は絶叫した。
「行くな! 死なないでくれ!」
けれどもそれはもう終わってしまったことだった。
「高杉!」
はっと高杉は覚醒した。目の前には銀時がいて、高杉の顔を拭った。
「銀時…」
酸素吸入がされていて、声はくぐもった。腕から管を入れることができなかったのか、足の血管から輸血と点滴をされている。その他にも様々な計器が高杉を取り巻いていた。
「お前、頑張ったよ」
銀時の目は双眸ばかりでなく、目の縁まで赤かった。徹夜で起きていたようだ。
「良かったっす。…良かったっす、もう目を覚まさないのかと」
傍で来島が号泣している。
「まだ予断は禁物ですよ。これが最初の覚醒期ですから」
そういうのは武市だった。全員がいた。というより、最後に見た時よりも増えている。
高杉より尚小柄な山田がいて、棒のような山県もいる。佐世、駒井に、京都にいるはずの品川。
(お前たち、前線はどうした…)
そう思いながら、高杉は再び眠りについた。
「心臓がお強い」
銀時に変わって数値を見ている医者は感心して言った。生来病弱な高杉だったが確かに心臓だけは強かったのだろう。曲がりなりにも戦場を総督として駆け抜けたのだ。
(お前はお前が思っているよりずっと脆くて、でも強いんだよ)
銀時は安堵で泣きながら、ちーんと鼻を噛んだ。まだまだ先は長い。一々泣いてなどいられない。だが良かった。
二度と目を覚まさないかもしれない。
信じていたけれどもその可能性の方が多いのだ。誰に言われなくとも分かっていた。それでも生き残る可能性がほんの少しでもあればそれに賭ける。
そうやって戦場での絶望的な状況も銀時たちは打破して来たのだ。
すっかり熱は下がった。
あとは劇薬である薬の副作用に打ち勝つだけだ。雪火が進んで、毛細血管は破れ、肺の中でも出血は続いている。皮膚の下は紫色だ。内蔵は多臓器不全を起こしている。それでも生きてくれると信じた。
あのとき、高杉が何を考えて薬を煽ったのかは分からない。けれども、それは銀時のためだった。力つきて死ぬにしても銀時のためにしてくれたことだ。最後くらい銀時の意向に添ってやろうということだったのかもしれない。
だがそれでも。ほんの少しでも、生き残って銀時と一緒に暮らす未来を考えてくれたのだと銀時は思いたかった。
だから一緒に江戸に帰ろう。片時も離さず寄り添い合って暮らそう。
(一緒に生きようぜ、高杉)
子供のように無力でもなく、思い詰めて突き進む若さもなく、銀時たちはふてぶてしい大人になった。面倒を見る奴がいて、心配かけて、笑って、生きている。
そろそろお互いを失わない為の方法が分かってもいい頃だ。
死んだ後にではなく、この現在を幸福に、共に過ごす方法が。
3月20日。江戸城総攻撃は正式に中止され、徳川家の存続が確定した。
しかし尚も官軍と戦おうというものは多くおり、そうした勢力は上野に集結したり、一路会州を北上するものもあるそうだ。
そんなきな臭い動きもあるものの、どうやら戦火が江戸に及ぶことはなさそうだということで、船で脱出をせずに残っていた新八は、出勤途中の階段の上で、閉めたきりになっていたスナックお登勢の前に高級車を中心に車が数台止まるのを見た。
車から降りて来たのは、見覚えのあるへそだしの金髪少女。新八と戦ったことのある今時珍しい髷のお侍、人斬り岡田以蔵、河上万斉などの鬼兵隊の面々だった。
「!?」
何なんだ?
確か銀時が鬼兵隊の高杉のところへ行ってくるってことだったが、何か最悪の事態だろうかと新八は身構えた。
(例えば銀さんが返り討ちにあっちゃって、お礼参りとか。ああ、銀さん。銀さんはどうなっちゃったんだろう? 一体僕はどうしたら?)
と一瞬パニックを起こしそうになった新八だった。
(いやいやいやいや。幾ら普段はマダオな銀さんだっていざというときはやるもの。きらめくもの。簡単にやられる時もあるけど、すぐに帰ってくるっていったんだから僕たちが信じないでどうする!?)
そんなことを考えている間に鬼兵隊の一人が高級車のドアを空けた。
出て来るのはあの高杉晋助か? と思ったがそうではなかった。
「銀さん!」
「おー、新八。元気だったか? 悪いけど戸あけてくんね? 銀さん今両手が塞がってるから」
車から出て来た銀時は白いものを抱えていた。
それは銀時がいつも来ている着物だった。それに何か包んでいるのだ。
「お帰りなさい銀さん! 今開けます」
がたがたと新八が万事屋の鍵を開けていると。
「さっさとするっす」
と金髪少女に不機嫌そうに脅された。彼女もまた荷物を持っていて大きなふろしき包みを抱えていた。その後ろには河上がさらに巨大なふろしき包みを侍と二人掛かりで運んでいた。新八が腕を切り落としちゃった岡田は岡田で義手を使って、軽々と 重そうに機械を車から降ろしている。
新八は急いで玄関の両扉を開けて外した。金髪少女はともかくとして、二人掛かりで運んでいる巨大風呂敷は玄関を通らないと判断したからだ。
金髪少女はそれを尻目にさっさと中へ入った。
「わ、何あるか! お前、勝手に人んちに何の用ある!」
珍しく起きていた神楽が突然の来客を威嚇して口論を始めた。
「神楽、そいつら通してやれ。先に進めねぇ」
いつの間にか階段を上がって来たのか新八のすぐ横まで銀時が来ていた。
「銀ちゃん!? お帰り! オラ退けよ」
といいながら神楽が飛び出して来て銀時に抱きつこうとした。しかし銀時の両腕は既にいっぱいだった。
「銀ちゃん、それ何あるか? お土産?」
銀時はにやりと笑った。
「残念。これは俺の」
まるで花嫁のように白い着物に包まれていたのは、人間だった。
鬼兵隊総督高杉晋助。
「こっこの人、」
「ん? 銀ちゃんが戦いに行った高杉ね」
だが銀時は別に戦いに行った訳ではなかったらしい。先に入った鬼兵隊たちが
「晋助さまをせんべい布団に寝かせる訳にはいかないっす」
とばかりに巨大風呂敷から出した羽布団を和室に敷いているところへ入りながら銀時は二人に説明した。
「これ、晋ちゃん。今日から俺の嫁な」
新八は口をぱかりと開けた。
「はあああああああああ? 嫁って、あんた」
「おっとあんまり近づくなよ、新八。こいつ雪火だから」
「あっ、はい、分かりましたって、はああああああ?」
驚いて突っ込みどころでない新八のかわりに神楽が聞いた。
「銀ちゃん、地球では男と結婚できないあるよ?」
ということは宇宙では結婚できるのか? 初めて聞いた!
「何言ってんだよ。これから幾らでも出来るようになるに決まってんだろ。何せ新政府にはヅラいるしな」
法律変えさせる気だよ、この人!
助けて世間の常識ぃぃぃぃ!
「何を言ってるはこちらの台詞でござる。晋助を身柄を渡すだけでも腹が煮えくり返るというのにその上籍まで入れられては我らの立つ瀬がござらん」
「そうっすよ! そんなこと晋助さまがいいというわけないっす!」
「坂田さん、晋助さまのモテ度を舐めてもらっちゃ困りますよ。新政府にはそんな法案、片っ端から握りつぶすような人ばっかりですからね」
「まー、そこは拘らねぇよ。銀さん別に事実婚でも、晋ちゃんが俺の奥さんなのはかわらねぇし」
え? 何?
高杉さん、一緒に暮らすの決定? いや僕は一緒には暮らさないからそれはいいとして、銀さんと高杉さん同居決定?
それにしても高杉さんさっきからいっこうに目を覚まさないんだけど大丈夫なのこの人? 雪火って聞いたけど、雪火ってことは大丈夫なの?
新八は朝っぱらからメダパニをかけられまくった。
「つーわけで、俺たち今日から新婚さんだから。お前らもそのつもりでな」
幸せ全開!
みたいな不気味な顔で宣言する銀時に新八は大事なことを聞いた。
「それって高杉さんも同意したんですか?」
銀時は笑った。
けれども応とも否とも答えなかった。
桜は瞬く間に散っていった。それからも高杉は眠り続けた。高杉が回復期ともいわれる覚醒一時間を突破するまで常人の何倍も時間がかった。
昨日よりも今日、今日よりも明日、という風には行かなかったことだけは確かだ。覚醒期が延びたかと思えば、急に後退する日もあり、銀時は随分とやきもきした日を送ったものだ。
その間に時代は明治と呼ばれるようになっていた。新政府の、主に桂の手で、大規模な雪火に対する予防と隔離が行われ、看護体勢も戦後官軍の余剰兵員を使ってシステム化された。特効薬は相変わらずないものの、今まで通りの薬は無料で配布されたし、防菌コートも防菌幕も充分な数を用意され、段々と下火に向かってる。
真選組は会州、北海道を転戦し、函館で降伏する。鬼兵隊は解散し、ある者は軍へ、ある者は野に下った。身分を取り上げられた士分が反乱の気配を見せていたが、東京と改名された江戸は平和だった。
新八は相変わらず万事屋に通いでくるし、神楽は住み込みだ。仕事はあるようなないような。物価もまだ安定する気配は見せないが命の心配だけはない。銀時は望み通り高杉と暮らしていた。
「やっと、俺のとこに春が来たなぁ」
しみじみと高杉を抱きながら銀時がいうと何事もなかったようにすました顔をして高杉は答える。
「年中春めいてるくせによくいうぜ」
病状のためもあるが、全般高杉は大人しくしている。
「銀時」
「ん」
「満足か?」
憑き物が落ちたかのように大人しく、ただ銀時の傍にいた。何をしていいか分からないらしい。実際できることもそうないように思われた。
「この上もなく、すっげー、満足」
銀時はニタアと笑い、それを聞いた高杉も花のように笑った。
史実ベースの死にかけ高杉未来妄想(でもしぶとい)というお話でした。切ないのが銀高の良いところですが、無理矢理ハッピーエンドに持って行くのが隙間産業の使命かと思い、あんなに絶望的な状況だと言いつつも生存エンドです。
肩すかしでごめんなさい。メロドラマなので半端なきご都合主義です。
新婚編の前振りにしてはうんざりするほど長いですが読んでいただいてありがとうございました。←何!? 糖分が絶対的に足りないので明治のお話も番外の如く新婚と思ってます。
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