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今、テレビの2大ニュースは雪火と幕軍と倒幕軍との戦い、だった。
「銀ちゃん、わたし寝過ごしたアルか?」
新八の作った味噌汁を飲みながらテレビを見ている銀時に、押入れからのそのそと出てきた神楽が言った。
「まだ寝ててもだいじょーぶだぜ。まあ起きたなら飯にしな」
「そうするアル。おなかぺこぺこよ」
 といいながらぱんぱんにむくんだ顔で神楽はご飯ジャーごと抱え込みに入る。
 最近の万事屋は雪火のせいでフル稼働だ。パチンコに行く暇も、甘味屋に行く暇もない。そういうわけで通常よりは懐が暖かいが、物価はそれ以上に上がっているので、相変わらず万事屋の家計はぼーぼーの火の車だ。
 だが、銀時はぱっつぁんの愛情たっぷり味噌汁も飲めよといいながら、テレビから目を離さなかった。くたびれて帰ってきたのだ。飯くらいたんと食わせてやりたいというのもあったし、テレビの中継が気になるところでもあった。
 空からの中継が現在の幕軍と倒幕派諸隊の戦いを映している。
 そこに先頭をきって、人殺しをしている高杉の姿があった。
 黒い洋装で、頭から血を被ったかのように返り血で真っ赤で、誰にも追いつけない速度で縦横無尽に切りまくっている。瞳孔は開ききっていて、ああ、戦うことだけを考えているなというのが銀時には胸が痛くなるほど分かった。
 攘夷戦争の真っ只中にいるような。
 だがもちろん過ぎ去った日々と違うところもあった。
 小さな頭にめぐらされた包帯、ばかりでなく。
(護衛がいねぇ…?)
 半径10m以内に味方がいない。そんなところへ総督を置きっぱなしにしておくのが鬼兵隊か。粛清された鬼兵隊ではありえないことだ。高杉一人突出したとしても誰かしら後を追っていた。そうでなかったのは、銀時と背中をあわせていたときだけだ。
 高杉が頭なのだ。
 鬼兵隊は彼の巨大な手足。乱戦の最中にあっても彼の采配に機敏に即応する。その手足を切り離して頭だけで何をしている?
 脳をやられたら鬼兵隊はおしまいだ。いや、それだけではない。決起した諸隊の趨勢もそれで決まる。
 倒幕派に比べて幕軍はまだ倍ほどの数がいるのだ。
 そしてその幕軍の主力は次々と高杉めがけて戦力を投入している。
 幕軍も馬鹿じゃない。
 高杉を討てば小さくない衝撃を与えられることを知っている。攘夷戦争末期もあの戦いが終わった後も幕府は執拗に高杉の首を欲しがっていた。あれさえ仕留めれば終わるとでも思っていたか。
(なんでそんな危ねー真似…囮か?)
 それにしても何故一人なのだ。
(おまえ一人の戦争じゃねーだろーが)
 もちろん敵の歩兵が群がるせいで砲撃を高杉めがけて撃つことはできない。中継中に味方ごと撃つ馬鹿はいないだろう。あれだけ濃密に囲まれては小銃の出番もない。あんなに早く動かれては的を定めるのは至難の業だ。それに的も小さい。攻勢に出ている兵士の体の影にどうしたって隠れてしまう。
(狙撃対策か…?)
 しかし百戦錬磨とはいえ限界はある。いずれ仕留められてしまう。砲弾が届かなくとも、銃弾が撃てずとも、白刃に捉えられる。そう思っているときだった。
「あっ…」
 背後から迫った刀が突き出される。避けられない。そう思った。
 だがその刃は結局高杉の体には届かなかった。刃は直前に折れ、飛んだ。銃弾だ。それで弾かれたのだ。あの乱戦の中で正確に弾を通した。
 その後も高杉の周りにいた歩兵たちはばたばたと倒れていった。高杉はそれが当然のように目もくれなかった。
 広角レンズで捉えられた映像の中から銀時は一番近くにいる鬼兵隊を注視する。金髪の女を囲んでいる2人の剣士。そのスリーマンセルが高杉のフォローをしているのだ。つかず、離れず、ただ総督だけを守っている。
(おいおいおい。おまえら幹部だろ)
 人斬り似蔵にヘッドフォン野郎が、女を守り、女が、高杉に寄せる兵士たちを正確無比な銃弾でさばいているのだ。本来なら後方にいなければならない高杉の意を汲んで鬼兵隊を実質率いなければならない者達が。  いや、そうではないのかもしれない。
 人きりも狙撃手も所詮人を使う器ではないのかもしれない。かつて銀時がただ一介 の侍として攘夷に参加したように。
(にしたってじゃあ傍で守ればいいじゃねーか)
 一人も四人も圧倒的多数の前ではそうは変わらない。誘うにしても、一人きりの囮より多少リアリティが増すはずだ。
 違和感を払拭できない間に、討幕軍の戦艦が砲撃を開始し、ついに中継をしていた船にも当たったようだった。映像は途切れて、テレビのスタジオにカメラが戻る。
 銀時は知らず知らずのうちにため息をついていた。
「強いアルな。銀ちゃんこいつが江戸に来たら戦いにいくアルか?」
 白いご飯を食べ終わった神楽が、今度はなべごと味噌汁をごくんごくん飲みながら聞いた。
 そういう約束だった。
 ぶった切ると。
 だがその約束を神楽に話したことはなかった。どうしてそう思ったのかは分からない。銀時があまりにも深刻な暗い目でテレビを睨みつけていたからかもしれない。
(戦うか? わかんねーよ)
 既に銀時は一度あの約束を反故にしていた。
「銀さん戦争はこりごりなんだけどよ」
 長い沈黙の後にようやくそれを吐き出した頃に、玄関の呼び鈴がなった。
 銀時は結論を出さずにすんで半ば安堵しながら席を立つ。
「はいはいはい」
「飛脚屋でーす」
 このご時世に飛脚便も大変だ。西の方では激戦が繰り広げられているし、雪火のせいで働ける人数が限られている。それでもこうして商売をしている。生活のためもあるだろうし、仕事に対する誠実さからかもしれない。やっぱり人間というのは強い生き物なんだろうなと思いながら銀時はがらりと玄関を開けた。
「おつかれさまでーす」
 そういいながら判子を出すのが面倒な銀時は受け取りをサインで済まし、重く長い箱を受け取った。
「銀ちゃん食べ物あるか?」
「おまえはいつまで経っても花より団子だなー。おれも団子のほうがいいけどよー。あ~、団子食いてぇ…あ」
 残念ながら食い物ではなかった。
 ごそごそと開けた箱の中に梱包材に包まれて入っていたのは一振りの刀。
 送り主の名前はなかったが、それが誰かはすぐに分かった。
 高杉に違いなかった。
 刀など手放して、ずっと持っていない。そのことを知っていて送ってきたのだ。それを持って、来いと。止めるつもりがあるなら、おまえの守る小さな世界を壊されたくないならと言ってきたのに違いない。
 どS。
 逃げを許さない。
 あの時、銀時を見据えたまっすぐな目。自分は何も変わってはいない、誰に非難されても誓いを果たす、そんな純粋な目をしたままこれを銀時に。
(なんであんなにまじめなのかな)
 誰も信じないだろうが高杉はいつでも大真面目なのだ。ぶった切ってやるといった銀時の言葉に正面から返答した結果がこれなのだ。
 剛速球のストレートを強烈なピッチャーライナーで打ち返してきたそんな感じ。
 あやふやにするとかなかったことにするとか、そういうことはできないのだ。
 ぼけるってことを知らない奴だ。
 それを見ながら銀時は辛気臭く眉間にしわを寄せた。
(本当におまえと戦わなきゃならないのか…?)
 ほんとうに?
 倍ほどの数の敵がいても、高杉は江戸まで攻め上るだろうか。
 高杉ならやれるだろう。厄介なことになる、そう思えたが、銀時は高杉がここまでたどり着くことを確信していた。
(多串くんには悪いけど)
 それが高杉の悲願なのだ。そのためだけに生きていた。ほかに生きる理由があっただろうか。そんなものは何もないのだ。
 何も。





しつこく銀ちゃん。




梅花凋落4
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 おそらく高杉は時機を掴んだのだろう。
 いや。天の方が奴を掴み、あの小さな背を押し出したのかもしれない。天の望みを叶えられるだけの器量を持った人間は早々と死に尽くし、あとは高杉くらいしか残されていなかった。そのために生かされていたかとしか思えないほど。実際高杉は劣勢をひっくり返し、いまも覆し続けている。
 桂は天を、あるいは運命というものを恨んだ。
 今更高杉に何をさせようというのか。そう苦い気持ちで思う。
 この人事の及ばぬ時局というものに、穏健派である桂もまた追い込まれている。
 幕府の失政に人心は離れつつある。そして高杉の蜂起に賛同するものが雪崩を打って帰順しはじめた。時代は確実に穏健派の描く未来よりも過激な武力倒幕へと傾いていた。桂のまとめる攘夷党の中にもこのままの姿勢で理想は実現するのか、はたして幕府は天人の干渉と雪火への対応を見直すだろうかと、疑問の声が上がっている。
 もちろん、幕府は方向を転換したりはしないだろう。今になってもなお、幕府は高杉派を鎮圧すればすむと思っている。国内に広がる不安など、幕府の威光を持ってすれば容易く押さえられると考えている。
 その上ご政道に口を挟むなど論外だと。ただ幕府に従っていればいいと二十年の昔から、いや、徳川家康の時代から変わらずにそう思っているのだ。
 徳川家は諸公の一人者、ただ最後の大戦の勝者にすぎない。そしてその徳川家の開いた幕府を実質動かしているのは譜代の臣でしかないのだ。そして今やその陪臣たちにも出る幕はない。天人の牛耳るところとなって久しい。それを正すのが攘夷党の願いだった。
(このままではこの国は駄目になる。だが確かに今のままでは幕府を変えることはおろか、終わらせることなどできはしない)
 幕府の瓦解を待って新しい日本の夜明けを平和裏に迎える頃には雪火に人々は殺しつくされてしまう。
 亡国病。そう雪火は呼ばれ始めている。
 猛威を振るう雪火。確かに治療法が確立していない今幕府自身にも雪火を沈静化する有効な手段はない。その流行が自然に収まるのを待つしか。幕府の失政と対応を非難する諸隊にしたってそれは同じだろう。
 しかし見過ごすことはできない。
 高みの見物を決め込むことも桂にはできた。どれほどの同志が桂を見捨て時流に乗ろうとも。いかなる非難をうけようと。
 だがそれでは幕府と同じなのだ。
 結局桂は高杉のもとへ行くことを決断した。
 貧困と雪火に苦しむ人々を見捨てることはできない。それに高杉の暴走を許せば、大江戸は必ず火の海に沈む。なんの罪もない虐げられている人々が、雪火以外にも大勢死ぬだろう。倒幕軍の内部に食い込んで抑止できるのは自分だけだと思った。
 しかしその前に桂は確かめなければならなかった。
「久しいな」
 とある豪商の邸宅で桂は高杉と会見を持った。旗幟を鮮明にしない桂へ手紙を寄越したのは高杉からだった。
「正直、お前の方から連絡があるとは思わなかった」
 広い座敷に通されしばらく待たされると高杉は右手に刀を持って現れた。次にあったときはぶった切ると宣言した桂を今すぐきるつもりは高杉にはないようだ。誘き出されたところを後腐れがないように始末する、ということもあり得ると思っていた桂もまた、一応は腰から抜いた刀を己の右側に置いてはいたが。
「お前さんには文を、銀時には刀を送った」
 陣羽織を羽織った高杉はあぐらをかいて座り、ぬるまった茶に口を付けながらそういった。
「相変わらずひどい奴だ」
 銀時に最初に刀を送ったのは松陽先生だった。その次がこれか。高杉はにやりと笑った。
「あいつと違ってお前には刀があるじゃねぇか。やりあうのに鈍らなんぞじゃ冗談じゃねぇしな」
 それに銀時には文何ぞ書かなくても用は足りると。
 つまり銀時とは遣り合う以外にはないと思っているのだ。多分その通りだろう。
 桂だとて本来ならばそうだ。幕府が愚かな振る舞いさえしなければ、ここまでやっては来なかっただろう。市井の暮らしがここまで滅茶苦茶にならなかったなら。桂も銀時と同じように、高杉をぶった切って仕舞だったろう。それができたならの話だが。
 しかし驚くことに、今大義は確かに高杉の方にあるのだ。狂い、壊れ、世界と心中しようとしていた高杉の方に。
 賢く狡い男だ。そういうことだけは心得ている。そういう風に叩き込まれていた。
(先生)
 最も高杉が今も昔もやりたいことは変わってはいないだろう。どれだけ大義を掲げようとも、ただ幕府を倒し、あの人の復讐を遂げようと牙をむいている。
「で、どうする? その刀で俺をばっさりやるか、それとも倒幕に加わるか」
 そう簡単にばっさりやられる俺じゃねぇが、と高杉は言った。護衛の伏兵でも詰めているのかもしれない。ただ桂には気配を読み取ることはできなかった。
「その前に一つ、確かめたいことがある」
「言ってみな」
「幕軍は雪火をばらまいたのはお前だと言っているが本当か?」
「バイオテロか。確かに主上も将軍も同時に倒れたな。…残念だが俺の好みじゃねぇ」
 確かに高杉の好みではないだろう。高杉はもっと直裁な制裁を望んだに違いない。将軍を戦場に引きずり出して無惨に切り刻む方を好むだろう。貴族化しているとはいえ、腐っても征夷大将軍は武門の棟梁なのだ。
「ではなぜ反論しない。雪火は諸刃の剣。このままでは足下を掬われるぞ」
「くくく流石ヅラだな」
 心配性を揶揄しているのか、それとも政治的配慮に対してか。両方かもしれない。桂は顔をしかめて訂正した。
「ヅラではない。桂だ」
「俺が関与していないことはどうせすぐに分かる」
「どうやって証する気だ。万人を納得させることはできないぞ」
「いいや、できるぜ」
 もしや雪火が人為的にばらまかれたという噂は本当なのか。高杉はその犯人を知っているのかと一瞬桂は思った。
 だが高杉はうっすらと笑っただけで、その理由をついに語ることはなかった。
「もしそれが本当なら、倒幕に加わろう。ただしこれだけ言っておく。江戸を火の海にはさせん。無辜の民を虐げることは許さんぞ」
「好きにしろ」
 あっさりと頷くとは思わなかった桂は聞き返した。
「貴様本当にそれでいいのか」
 桂を内側に招くということは浸食を許すということだ。鬼兵隊はともかく、他の諸隊になら桂はそれなりの影響力を及ぼせるはずだ。
「やれるもんならやってみな。俺も俺のやりたいようにやるだけさ」
 外の敵だろうが内の敵だろうが違いはないだろうと高杉は言い切った。
「敵に回っても良かったんだぜ」
 いっそ優しげに見えるような目をして高杉は言った。愛おしげに。老獪な海千山千の者でもこの目にころっとやられてしまう。
「高杉」
 幼なじみの桂にはまるで通用しない手管だから、こんなふうに対立を勧めるような時にしか緩ませることのない目だったが。
「だが加わるとなったら働いてもらうぜ。お前得意のご周旋だ」
「なに?」
「辰馬が島津と同盟しろと言ってきてる」
「辰馬が?」
 桂は口を開けた。変なところで変な男の名を聞いた。あれは攘夷からは足を洗ったと考えていた。そういえば俺は俺なりの攘夷をするんじゃあとか言っていたから高杉と未だつながりを持っていて、こんなところで名が挙がってもおかしくはないのかもしれないが。しかし。
「俺は戦で忙しい。お前西郷と伝手があるらしいじゃねぇか。ちょうどいい、任せる」











ヅラのターン。 梅花凋落5
 お前いきなりそんなこと俺にさせて良いのかと思わなくもなかったが、高杉がいいといっているのだからと結局桂は思い切り良く開き直って西郷を探し始めた。
 雪火以来、風俗業は瀕死の態だ。ああいう人の集まるところから疫病は広がるもの。その上生活するにも精一杯という貧しい懐事情がそれに拍車をかけた。客商売は景気の影響を如実に受けてしまう。

 客足が遠のく過程で西郷も店を畳まざるを得なかった。最後まで店を開くつもりではいたようだが、従業員から雪火が出ればそれもおぼつかない。
 妹(?)のように思って大事にしてきた同志たちの療養に付き添って新宿から姿を消していたのだ。故郷の薩州に帰ったのかもしれない。
 戻れば彼は薩州の顔だ。薩州を代表するまとめ役としてそれなりの影響力を持つに違いない。彼もまた伝説に語られる英雄なのだ。知った顔でもあるし交渉相手にするのに、やぶさかではない。
 自由に同志を使いながら、桂は辰馬とも連絡を取った。宇宙で活動している辰馬だけでなく何人もの仲介者たちと話し合いを持つ。その間に感じた手応えではみな自分たちの意志で真剣にこの日の本の未来を憂いている、といういことだった。
 高杉に軍資金や物資を提供しているのが先ほど掌握した藩庁だけでなく、豪士、豪商、そして庄屋連合にまで至ることでそれが分かる。
 天人相手に商売をしている開国派の宇宙商人たちもが含まれていた。かれらはみな、一様に幕吏たちの国益を省みないオヤクニン的保身に苛立っていた。
 もちろんそれは幕府に更なる譲歩を引き出そうとする天人も同じなのだ。オヤクニンは責任の所在をまるで明らかにしない。何か問題が起こっても卑屈に這いつくばりはするものの、トカゲの尻尾のように末端切り捨てて上層部は知らぬ存ぜぬを繰り返す。そんな者たちとまともな交渉ができるはずがない、と。
 だからこそ天人は我々を見下す。下位のものの腹を切らせれば事足りると、上が命を軽く扱うから天人自体も地球人を虫けらのように扱うのだ。
 どん底にあるからこそ先の展望を見据える者たちは、そのような幕府の機構を、体質を打ち壊さなければならない、これからの未来へ持ち込みたくないと思い定めている。
 理想論ではなく、現実から生まれた要求に辰馬が歩調を合わせるのも不思議はないのだろう。
 お前にもお前の理想があるように、辰馬にも辰馬のやりてぇことがあるんだろうと歌うように高杉はいったものだ。
 ただ一つの救いは辰馬もまた、この時勢にあってもなお穏健派だということだろうか。
 武力に寄る衝突を避けたいと思っているようだった。西郷にかくまわれたことがあるという辰馬が薩長同盟をすすめているのも、薩長が組むことで幕府に長州がつぶされることなく、それなりの発言権をもたそうということのようだった。
 その上で征夷大将軍による大政奉還の実現を目指している。しかし幕府を存続させたいもの、武力で倒幕を成し遂げたい者たちにとってはそれがばれればただではすまないだろう。
「始末されたくなかったら、内乱が終わるまで帰ってくるな」
 散々に辰馬を利用して大量の武器を購入した高杉はある日、桂と坂本の回線に割り込んできてそう釘をさした。ビデオ通信という奴だ。からくりという奴はよくわからないが、高杉は苦にならないのかかなり使いこなしているようだ。旧鬼兵隊の昔から新しいものを導入するのにためらいがない。それにしても。
(相変わらず、鋭い。まだ何も言ってないのに)
 大政奉還などまだこの段階で高杉も知らないはずだ。それでも坂本が腹に一物かかえていると睨んできたのか。
「なんやき。おっとろしいの。わしも嫌われたもんぜよ」
 返り血なのか、首の辺りを赤く染めたままの高杉にモニター越しに睨まれて坂本は笑いながら両手を上げた。
 後から聞いた話では高杉に辰馬が協力することは辰馬が攘夷活動から手を引く時に既に取り交わされていたらしい。
 道理であのとき、高杉は辰馬を引き止めもしなかったし、怒鳴りちらしもしなかった。見えていたのだろうか。あの時の劣勢から巻き返す今が。生き残る確信があったのか、気が長いともいえるしとにかく抜け目なく、用意周到だった。
 もちろん辰馬は約束を盾にいやいや高杉に協力している訳ではないし、薩長同盟の仲立ちも何度か頓挫しかかったが、不利のないようにまとまりつつある。
 西郷はいまだ姿を見せないが、この頃には繋ぎがとれるようになっていた。攘夷戦争の英雄の一人がまた、担ぎだされるのは時間の問題だろう。それより。
「おい、高杉。物騒な話が出てるならはっきり言え。誰だ。こんな黒もじゃを暗殺するとかいってるのは。きりきり吐け! 吐くのだ!」
「さてなぁ。そういう話が出てきてもおかしくないってことだ。まあすすんで死にてぇならかまわねぇけどよ」
「ぜひとも構うぜよ。わしはまだ死にとうないき」
「ならそこで高見の見物でもしてるんだな」
 その辰馬が斬られたのはそれからしばらく経ってからのことだった。



 日々は瞬く間に過ぎ去っていく。
(ヅラめ)
 銀時は吉原への道をトラックに走らせながら心の中で悪態をついた。
 一緒に見栄を切ったヅラは高杉に取り込まれてしまった。あれのことだから全てを許容して高杉のそばにいる訳ではないのだろう。どっちかというとあの調子で怪電波を垂れ流し、倒幕軍を洗脳しかけているかもしれない。
 しかし倒幕軍が有利になりつつあるのは奴の力も大きいだろう。桂なら高杉の不足を補える。実際桂や高杉、他の攘夷志士の指名手配が撤回されたのは桂の手腕だろうという話だ。
 その上幕府はなくなってしまった。
 大政奉還だ。
 どうやらこちらを主導したのは桂ではないようだが。将軍お膝元の大江戸には、土州ものの仕業だとかいう噂が流れてきていた。ということは辰馬の息がかかっているということで、銀時にしてみれば昔の仲間がくんずほぐれつ訳の分からないことになっているなとしか言いようがない。
 その辰馬は京で襲撃を受けたとか。
 これだから戦争は、と銀時は思う。
 辰馬が死んだとは聞かないから、多分生きているだろうあいつ前も生き延びたし、しぶといからと辰馬の悪運を信じながらも、銀時はもやもやと思う。
 桂も高杉も死ぬかもしれない、と。
(いや、しなねぇか)
 あいつらももう何遍も暗殺と粛正の危険をくぐり抜けてきていた。しぶとさで言ったら、辰馬と変わらないだろう。
 それに多分、高杉は大江戸を落とすまでは絶対に生き延びるだろう。銀時が殺しにいくまで、きっと待っている。
 そう。
 たとえ幕府がなくなっても、火種はまだくすぶり続けている。大江戸の危険は去ってはいない。それに幕府を倒してそこで終わりではない。
 高杉が壊したいのは世界そのものだからだ。
「ちーっす。万事屋でーっす」
 銀時は愛称大八という名のトラックを止めて、元店の中に声をかけた。なかでは吉原中の炊き出しを行っている車いすの日輪がいた。
「あら銀さん」
 きゅっきゅと一度バックしてターンすると、日輪はいつもの輝くような笑みを浮かべて銀時を迎えた。
「ところざわから野菜仕入れてきたぜ」
 日輪も十人に一人の人間だった。ちなみに月詠も血のつながっていない晴太もそのうちには含まれなかった。そんで例に漏れず、寝込んでいる。
 原因もわからなかったごく初期のうちに、倒れた仲間たちを解放して罹患したのだ。
「ご苦労様。ほんと助かるわー」
 足の悪い私が雪火にかからなくてもねぇ、たいしたことはできないんだけど、と言うけれど日輪がいなかったら今頃無人になっていただろう。
「お代は足りたかしら?」
「そこはそれ、銀さんの話術で値切り倒したからな」
「たのもしいわー。流石吉原の英雄」
 よっと日輪は持ち上げるが、それ、関係なくね? と銀時は返す。
「まあ実際のところは着物やら簪やらが効いたのさ。今じゃ金なんか持っててもおっつかねぇ」
 金ではもう農村分は動かない。値打ちなんかないからだ。物物交換するのが一番良い。高価な着物や簪だって、気を抜けば足下を見られてしまうが何もないよりはましだ。そしてこの吉原には売るほどそうした数寄ものが集まっていた。
「うふふ。商売道具が役に立って良かったわ」
が協力して仲間たちの面倒を見ている。自分たちは命を奪われることはないんだからと。人の役に立てってお天道様が言ってんだよと。他の町内も似たようなものだ。
 それでも、そうやって身を粉にして尽くしても、半分は死んでいく。
「あ。そうだ銀さん。晴太はまだ一度も目を覚まさないけどね、月詠は目を開けたのよ」
 目を開けたからといって楽観はできない。けれども一度も目を覚まさないまま尽きていくものもいる。
 少しずつ少しずつ、目を開けていられる時間がのびていき、一時間を過ぎれば安心だという話だ。これはその第一歩。しかし銀時は野菜を下ろす手を止めていった。
「そっか、良かったな」
「ええ」








大まかな流れでは史実っぽく進んでいきますが違うところも沢山あります。幕軍だけが悪い訳じゃないからね。そりゃそうだ。
にしてもみている方向とか手段とか立ち位置が攘夷の4人はほんとバラバラ。
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