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きょうびの鬼兵隊総督、というのは座敷に転がって酒飲みながら日長一日ぷらぷらしていると思われがちだが、存外そうでもなかった。
確かに転がって裸足の足をぷらぷらさせて煙草をのみつつ昼酒したり、そのまま日向で午睡をしていることもある。攘夷戦争の頃よりは格段にものぐさでだらしなく怠惰に過ごしているとか(本人談)。
が、この総督は気がつけば歌を歌い、漢詩を書き付け、書物を読み、地図を広げて何やら立案し、実行に移す算段を黙考していたりする。
そういうわけで、一人遊びが上手な総督があんまり退屈している所を万斉は見たことがない。
今日も潜伏先にやってくると総督の部屋に様々な紙を散乱させたまま、やっていた作業に疲れたのか、隅っこで窓の外などを眺めていた。
「邪魔するでござる」
結界のように広げられた紙片を片付けない事には総督の元にさえ近づけない万斉は足場を確保するため、順々に重ね始めた。
魚驚釣餌去 鳥見矢弓飛
反復人情事 我掌知此機…
その一つに目をやれば、その書き付けがまた巧いもので、書も詩も立派な趣味人としてやっていけるほどだった。何をやらせてもいっぱしの、才気煥発な男なのだ。
だが根を詰めすぎていた。
もっと怠惰に緩やかに過ごしていてもらったほうが安心なのだが。
「何か用か?」
「何も。顔を見せにきたでござる」
正確に言えば我らが総督の麗しのご尊顔を拝しにきたのだ。
今日も晋助は指先まで白く、頬だけが上気して赤かった。
「ふうん」
「詩作に飽いたのなら、気晴らしに三味線でもどうでござる。最近はとんとやっておらぬであろう? 何か理由があるでござるか?」
「…。あれなぁ…」
晋助はものうく答えた。
「気が乗らぬようでござるな」
「最近じゃ三味線くれぇで獣の唸りは打ち消せねぇのさ。日増しに大きくなっていきやがる。…それに音ってのは弾けば内心がだだ漏れんだろうが」
聞く奴が聞けば分かるものだ。そしてお前は分かる奴だろうがと、晋助は万斉をちらりと見上げた。
しかし気詰まりなのは本当なのだろう。
考える事に草臥れたのは。
晋助はほうっとため息をつくと、億劫そうに動いた。
「でもまあ、やってみるか。後で感想を聞かせろよ」
晋助はいざって小さく畳まれていた携帯用の三味線を手に取った。順々に組み立てて音を合わせると、バチを動かし始めた。
音はびいいんと重く乾いて響き、万斉の胸を抉るように轟いた。
晋助は大変な弾き手だ。そもそも技巧ももの凄いが、そればかりではない。
だが今日に限っては弾きづらそうに何遍か音を外した。いいや、音が取れないのだ。
気怠そうだがいつもはもっと楽しげな音を出すのに、眉間に皺を寄せている。
晋助の言うように獣の唸りが強すぎて、三味線の音が聞こえないのかもしれない。万斉には獣の唸りは聞こえない。だが、晋助の胸が轟々と鳴るのは離れていても良く聞こえた。
晋助は転調させて、曲の解釈に添うように弾くのをやめた。その胸の異音を打ち消すように、強く強くバチを動かした。
未だ果たされぬ誓いと晋助の内心。志、彼の魂というべきもの、その情念。
狂気で。
真昼の穏やかな午後が黒く侵されて行く。
美しく凄絶な修羅の音がしばらく響いた。
「どうよ」
手遊び、という範囲を遠く逸脱している、その音。魂の叫びに万斉は頷いた。
「あい分かった」
「何が?」
三味線を弾く事で何かを発散させ、少し表情の戻った晋助は怪訝そうに問うた。
「おぬしの願う通り、見事戦いの火蓋を切ってみせるでござる」
近々に。
「…くくく、そうか俺は戦場に焦がれているのか。ああ、そうだな…その通りに違いない…」
晋助は熱を帯びた潤んだ目で、小さな肩をふるわせて、暫くおかしそうに笑っていた。
三味線は確かに目的通り気晴らしにはなったようだ。
だが、晋助を止まらせる事はできないことを万斉は同時に悟った。もはやとどめるをえず。
(残された時は少ない…晋助自身が覚悟しているように)
狂気が晋助の心を壊すのが先か、胸の轟音が体を壊すのが先か、だがその前に。必ずやその前に、晋助の宿願を果たさせてみせよう。
そのために万斉は、いや鬼兵隊はあるのだ。
万斉はそのまま、武市を探しに行った。
時機は来ている。すぐそこまで。鬼兵隊はそれを掻き混ぜ早めねばならない。
飛ぶ鳥が落ちるように、晋助は遠からず死ぬ。
晋助は病んでいた。
続くことになりました
確かに転がって裸足の足をぷらぷらさせて煙草をのみつつ昼酒したり、そのまま日向で午睡をしていることもある。攘夷戦争の頃よりは格段にものぐさでだらしなく怠惰に過ごしているとか(本人談)。
が、この総督は気がつけば歌を歌い、漢詩を書き付け、書物を読み、地図を広げて何やら立案し、実行に移す算段を黙考していたりする。
そういうわけで、一人遊びが上手な総督があんまり退屈している所を万斉は見たことがない。
今日も潜伏先にやってくると総督の部屋に様々な紙を散乱させたまま、やっていた作業に疲れたのか、隅っこで窓の外などを眺めていた。
「邪魔するでござる」
結界のように広げられた紙片を片付けない事には総督の元にさえ近づけない万斉は足場を確保するため、順々に重ね始めた。
魚驚釣餌去 鳥見矢弓飛
反復人情事 我掌知此機…
その一つに目をやれば、その書き付けがまた巧いもので、書も詩も立派な趣味人としてやっていけるほどだった。何をやらせてもいっぱしの、才気煥発な男なのだ。
だが根を詰めすぎていた。
もっと怠惰に緩やかに過ごしていてもらったほうが安心なのだが。
「何か用か?」
「何も。顔を見せにきたでござる」
正確に言えば我らが総督の麗しのご尊顔を拝しにきたのだ。
今日も晋助は指先まで白く、頬だけが上気して赤かった。
「ふうん」
「詩作に飽いたのなら、気晴らしに三味線でもどうでござる。最近はとんとやっておらぬであろう? 何か理由があるでござるか?」
「…。あれなぁ…」
晋助はものうく答えた。
「気が乗らぬようでござるな」
「最近じゃ三味線くれぇで獣の唸りは打ち消せねぇのさ。日増しに大きくなっていきやがる。…それに音ってのは弾けば内心がだだ漏れんだろうが」
聞く奴が聞けば分かるものだ。そしてお前は分かる奴だろうがと、晋助は万斉をちらりと見上げた。
しかし気詰まりなのは本当なのだろう。
考える事に草臥れたのは。
晋助はほうっとため息をつくと、億劫そうに動いた。
「でもまあ、やってみるか。後で感想を聞かせろよ」
晋助はいざって小さく畳まれていた携帯用の三味線を手に取った。順々に組み立てて音を合わせると、バチを動かし始めた。
音はびいいんと重く乾いて響き、万斉の胸を抉るように轟いた。
晋助は大変な弾き手だ。そもそも技巧ももの凄いが、そればかりではない。
だが今日に限っては弾きづらそうに何遍か音を外した。いいや、音が取れないのだ。
気怠そうだがいつもはもっと楽しげな音を出すのに、眉間に皺を寄せている。
晋助の言うように獣の唸りが強すぎて、三味線の音が聞こえないのかもしれない。万斉には獣の唸りは聞こえない。だが、晋助の胸が轟々と鳴るのは離れていても良く聞こえた。
晋助は転調させて、曲の解釈に添うように弾くのをやめた。その胸の異音を打ち消すように、強く強くバチを動かした。
未だ果たされぬ誓いと晋助の内心。志、彼の魂というべきもの、その情念。
狂気で。
真昼の穏やかな午後が黒く侵されて行く。
美しく凄絶な修羅の音がしばらく響いた。
「どうよ」
手遊び、という範囲を遠く逸脱している、その音。魂の叫びに万斉は頷いた。
「あい分かった」
「何が?」
三味線を弾く事で何かを発散させ、少し表情の戻った晋助は怪訝そうに問うた。
「おぬしの願う通り、見事戦いの火蓋を切ってみせるでござる」
近々に。
「…くくく、そうか俺は戦場に焦がれているのか。ああ、そうだな…その通りに違いない…」
晋助は熱を帯びた潤んだ目で、小さな肩をふるわせて、暫くおかしそうに笑っていた。
三味線は確かに目的通り気晴らしにはなったようだ。
だが、晋助を止まらせる事はできないことを万斉は同時に悟った。もはやとどめるをえず。
(残された時は少ない…晋助自身が覚悟しているように)
狂気が晋助の心を壊すのが先か、胸の轟音が体を壊すのが先か、だがその前に。必ずやその前に、晋助の宿願を果たさせてみせよう。
そのために万斉は、いや鬼兵隊はあるのだ。
万斉はそのまま、武市を探しに行った。
時機は来ている。すぐそこまで。鬼兵隊はそれを掻き混ぜ早めねばならない。
飛ぶ鳥が落ちるように、晋助は遠からず死ぬ。
晋助は病んでいた。
続くことになりました
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