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「勝手なことを言っているのは承知している。だが高杉を貸してほしい」
来たよ。とうとう正攻法だよ。
銀時はうんざりしながらエリザベスがいれた煎茶を飲んだ。目の前ではヅラが頭を垂れている。
これ断ったらどうなるの? もしかしてご両殿さまがくるんじゃねーの。止めて。おれそーいうのとか関係ないから。超迷惑と内心思いながら一応聞いてみた。
「ってもよー。戦争だろうが?」
これで高杉ファンのお偉いさんの接待とかでも駄目だけどな。
「そうだ」
やっぱりな。
しかし銀時は二度と高杉を戦場に送る気はなかった。狂気が高杉を侵す、そんな光景をもう二度と見たくなかった。
なりを潜めたからといって、安心は出来ない。白夜叉もまだ銀時の中にいるのだ。高杉の魂を食い破ってあれが出てこないとしても、思い出させたくない。完全に忘れさせることができなくても。
「だが理由がある」
高杉が雪火で戦線離脱した後も幕軍との戦いは続いている。江戸無血開城がなったのがこの春。だがその後にも宇都宮で、上野で血は流れた。主戦場は北へ北へと江戸から離れて行ったが、決着はまだついていない。この八月にようやく北越戦争が決着。総督不在のまま戦い続けていた鬼兵隊は解散した。
だがそれは鬼兵隊一隊のことだ。新政府軍として組み入れられている諸隊はまだ東北にいた。
「戦いは終わっていない。誰も矛をおさめない。おさめられない」
「復讐か」
幕府に変わり新しい日本をつくるというだけではない。恨みが、憎しみが戦いを止められない。
「俺自身だとて、復讐を考えないわけではない。他の者では余計に。しかし、高杉なら」
それこそ命を賭して身を捧げかけたカリスマの言うことなら聞くだろうと。
「鬼兵隊総督は死んだんだぜ」
それまで黙って聞いていた高杉はそう言った。
この戦いの口火を切った男。血と戦いに彩られ、常に屍の山の上で常に復讐を叫んでいた高杉が。
「その報告に来たんだろ?」
そう。桂は今日、高杉晋助の墓が出来上がったと報告に来たのだ。墓は萩にある先生の隣に遺髪墓として建った。本当の先生の墓の隣は既に埋まっていたからだ。
それにあわせて高杉は名を改めた。
坂田晋助になればいいのに、高杉は高杉春風、になったのだった。潜三でも梅之助でも好きにすりゃいーじゃんと拗ねていたところだったのだ。
まあどうせ高杉もしくは晋ちゃんと呼ぶけども。
「今度は長州が恨みを買う」
「因果応報。結構なことだ」
元々復讐の他に両者の共倒れを狙っていた節のある高杉は淡々と凄惨なことをいった。銀時にあわせようとしてくれているが、そう簡単に人は変わらないものだ。
だからこそ銀時の心配は尽きない。
実際桂は故郷とそこに属する人々を真に案じているが、高杉自身はどうなろうが知ったことではないのだ。一部の信頼できる者の他は。掌を返すように高杉を裏切った者もいる。
それ故に高杉は言ったのだ。
艱難は共に出来ても、富貴は共に出来ないと。
「高杉」
「おれが言った所で、戦いは終わらねーよ。早く終わらせることはできるかもしれねぇけどな」
早く。被害を最小に。それは敵をたたき潰す、ということだ。
「それでもいい。いつまでも日本を分裂させておくわけにも行かない。これ以上もめていては天人に付け入れられる恐れもある」
「万事屋は中立なんだけど〜」
といってみたが、桂は意に返さなかった。お前は中立というよりグレーゾーンだろうと。真選組にも攘夷党にもどっちも足突っ込んだり首突っ込んだりしていて良くいう、と。
「おれから関わったことなんかねーだろ! いつもお前たちが勝手に巻き込むんだり押し掛けたりするんだろ! 仕事とかいってちゃんと払わねぇし! あ、なんか腹立ってきた」
銀時がごねごねしてたらおもむろに桂が背筋を伸ばした。
「無論、タダとは言わん」
「おれはたけーぞ」
ふんぞり返って言う高杉に社長というより旦那として注意する。
「やめて、高杉。その台詞、身売りみたいで卑猥だから。幾ら積まれたってお前は売らねーよ?」
そりゃあ確かに現金は魅力的だけど。それより金があるなら以前踏み倒した分を払え。エリザベス探しとか手伝ってやったじゃねーかよ。本物じゃなかったけど。
「これは政府の金だから駄目だ。それより高杉、ほんとにこの天パに義理立てしなければならんのか?」
身売り云々の妄想に顔を顰めて桂が忠告する。余計な世話だっつーの! 高杉が真に受けたらどうするんだ。
しかし高杉は
「なんだよ、お前だって銀時とくっつけとけば被害が減ると思ってる口だろ」
というのにとどめた。
何しろ高杉は魔王なので、何をしでかすか分からない。そういう認識でいるのだ。だが銀時の傍に置いとけば矛先は銀時に向くし、人様に迷惑をかけそうになったら銀時が止めるだろう、旦那だしと思っていたことは明白だった。
「流石に不憫だ。金なら言い値で払う。独立したらどうだ?」
「はいはい、やめやめー。ヅラ、お前、おれに頼み事しにきたんなら、そう言うこと言っちゃだめだろう」
「ヅラじゃない桂だ。だが確かに将を射んと欲すれば馬を射よを実践しにきたのだった。エリザベス」
すっとエリザベスが風呂敷から桐箱を取り出した。これが一昔前なら二重底になっていて小判が入っているのだろうが、万事屋は金では動かない。
動く時もあるけど、高杉に関してはガードの固い社長なのだ。
しかし出てきたのは燦然と輝かんばかりのムース・オ・フリュイ。ワンホール。
「一流パティシエに特注させてみた。これらパティシエ自慢の一品をその都度届けさせよう」
並んでも買えない元将軍家御用達のアントルメである。だらーっと唾がこみ上げた。こみ上げたが、もちろんこんなもので高杉を貸したりやったりできるはずがない。やってみろ高杉が怖い。
「ムムム無理無理無理! 駄目! け、ケーキなんか銀さん自分で作れるもんね!」
「そうだ。これ以上銀時に甘味を与えるな。本物になる」
「高杉」
体の心配をしてくれる高杉にじーんとする。しかし空気を読まずにぶち壊すのが桂だ。
「そうか。そんなに不能になられるのが困るか」
「誰もそんなこと言ってねー」
別にそう言う意味でもいいけどね。今日も頑張るだけだから。と思う銀時を他所に桂は続ける。
「では別にいいだろう?」
そう言いながら、エリザベスからフォークを受け取ってぐさりとケーキを抉りとると高杉に握らせて、はいあーん、などとやった。
桂がさせていることだとしても、夢のはい、あーんだよ!!?
これに食いつかないヤツがいたら男じゃねーとつい、ぱくっと。
「あっ、莫迦」
「食べたな」
にやりと笑って桂はエリザベスと顔を見合わせた。
『食べましたね』
とエリザベスの看板が掲げられる。
だってだって夢だったんだもん。高杉がさっさとやってくれてたらおれだってもう少し辛抱できたかもしれないよと銀時は高杉の膝に突っ伏しながら言った。
結局あの後、買って返すといったのだが、パティシエは今ケーキが売れなくて店をたたんでいる状態だった。それでもいやだと言い張ったのだが、結局どうしても必要な時にパートで一回一時間までということにごり押しされた。
「泣くなよ、莫迦。そんなに嫌なら無視すれば良かっただろ?」
「泣いてねぇよ? これはあれだ晋ちゃんのお膝に甘えてるんでーす」
すんすんと言いながら、にっくきムースを恨めしく見た。もうあれだな。こうなったらちゃんと腹におさめなければ気が済まない。
「毒を食らわば皿までだ。晋ちゃんこれでケーキプレ」
イ、と言いかけた銀時の顔をぱしんと軽く手で押さえると高杉は先ほどのフォークを取り上げた。
「んなことよりおめー、夢だったんだろ?」
こっちが先だろ、と綺麗にむかれたオレンジを突き刺すと、そのまま銀時に差し出した。
もちろん、銀時は大きく口を開けた。
オレンジが口の中で弾ける。
「晋ちゃん、愛してる」
相好を崩しながら、銀時は言った。気恥ずかしいのか、高杉はまた無言でぐさっとフォークを突き刺した。