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おそらく高杉は時機を掴んだのだろう。
いや。天の方が奴を掴み、あの小さな背を押し出したのかもしれない。天の望みを叶えられるだけの器量を持った人間は早々と死に尽くし、あとは高杉くらいしか残されていなかった。そのために生かされていたかとしか思えないほど。実際高杉は劣勢をひっくり返し、いまも覆し続けている。
桂は天を、あるいは運命というものを恨んだ。
今更高杉に何をさせようというのか。そう苦い気持ちで思う。
この人事の及ばぬ時局というものに、穏健派である桂もまた追い込まれている。
幕府の失政に人心は離れつつある。そして高杉の蜂起に賛同するものが雪崩を打って帰順しはじめた。時代は確実に穏健派の描く未来よりも過激な武力倒幕へと傾いていた。桂のまとめる攘夷党の中にもこのままの姿勢で理想は実現するのか、はたして幕府は天人の干渉と雪火への対応を見直すだろうかと、疑問の声が上がっている。
もちろん、幕府は方向を転換したりはしないだろう。今になってもなお、幕府は高杉派を鎮圧すればすむと思っている。国内に広がる不安など、幕府の威光を持ってすれば容易く押さえられると考えている。
その上ご政道に口を挟むなど論外だと。ただ幕府に従っていればいいと二十年の昔から、いや、徳川家康の時代から変わらずにそう思っているのだ。
徳川家は諸公の一人者、ただ最後の大戦の勝者にすぎない。そしてその徳川家の開いた幕府を実質動かしているのは譜代の臣でしかないのだ。そして今やその陪臣たちにも出る幕はない。天人の牛耳るところとなって久しい。それを正すのが攘夷党の願いだった。
(このままではこの国は駄目になる。だが確かに今のままでは幕府を変えることはおろか、終わらせることなどできはしない)
幕府の瓦解を待って新しい日本の夜明けを平和裏に迎える頃には雪火に人々は殺しつくされてしまう。
亡国病。そう雪火は呼ばれ始めている。
猛威を振るう雪火。確かに治療法が確立していない今幕府自身にも雪火を沈静化する有効な手段はない。その流行が自然に収まるのを待つしか。幕府の失政と対応を非難する諸隊にしたってそれは同じだろう。
しかし見過ごすことはできない。
高みの見物を決め込むことも桂にはできた。どれほどの同志が桂を見捨て時流に乗ろうとも。いかなる非難をうけようと。
だがそれでは幕府と同じなのだ。
結局桂は高杉のもとへ行くことを決断した。
貧困と雪火に苦しむ人々を見捨てることはできない。それに高杉の暴走を許せば、大江戸は必ず火の海に沈む。なんの罪もない虐げられている人々が、雪火以外にも大勢死ぬだろう。倒幕軍の内部に食い込んで抑止できるのは自分だけだと思った。
しかしその前に桂は確かめなければならなかった。
「久しいな」
とある豪商の邸宅で桂は高杉と会見を持った。旗幟を鮮明にしない桂へ手紙を寄越したのは高杉からだった。
「正直、お前の方から連絡があるとは思わなかった」
広い座敷に通されしばらく待たされると高杉は右手に刀を持って現れた。次にあったときはぶった切ると宣言した桂を今すぐきるつもりは高杉にはないようだ。誘き出されたところを後腐れがないように始末する、ということもあり得ると思っていた桂もまた、一応は腰から抜いた刀を己の右側に置いてはいたが。
「お前さんには文を、銀時には刀を送った」
陣羽織を羽織った高杉はあぐらをかいて座り、ぬるまった茶に口を付けながらそういった。
「相変わらずひどい奴だ」
銀時に最初に刀を送ったのは松陽先生だった。その次がこれか。高杉はにやりと笑った。
「あいつと違ってお前には刀があるじゃねぇか。やりあうのに鈍らなんぞじゃ冗談じゃねぇしな」
それに銀時には文何ぞ書かなくても用は足りると。
つまり銀時とは遣り合う以外にはないと思っているのだ。多分その通りだろう。
桂だとて本来ならばそうだ。幕府が愚かな振る舞いさえしなければ、ここまでやっては来なかっただろう。市井の暮らしがここまで滅茶苦茶にならなかったなら。桂も銀時と同じように、高杉をぶった切って仕舞だったろう。それができたならの話だが。
しかし驚くことに、今大義は確かに高杉の方にあるのだ。狂い、壊れ、世界と心中しようとしていた高杉の方に。
賢く狡い男だ。そういうことだけは心得ている。そういう風に叩き込まれていた。
(先生)
最も高杉が今も昔もやりたいことは変わってはいないだろう。どれだけ大義を掲げようとも、ただ幕府を倒し、あの人の復讐を遂げようと牙をむいている。
「で、どうする? その刀で俺をばっさりやるか、それとも倒幕に加わるか」
そう簡単にばっさりやられる俺じゃねぇが、と高杉は言った。護衛の伏兵でも詰めているのかもしれない。ただ桂には気配を読み取ることはできなかった。
「その前に一つ、確かめたいことがある」
「言ってみな」
「幕軍は雪火をばらまいたのはお前だと言っているが本当か?」
「バイオテロか。確かに主上も将軍も同時に倒れたな。…残念だが俺の好みじゃねぇ」
確かに高杉の好みではないだろう。高杉はもっと直裁な制裁を望んだに違いない。将軍を戦場に引きずり出して無惨に切り刻む方を好むだろう。貴族化しているとはいえ、腐っても征夷大将軍は武門の棟梁なのだ。
「ではなぜ反論しない。雪火は諸刃の剣。このままでは足下を掬われるぞ」
「くくく流石ヅラだな」
心配性を揶揄しているのか、それとも政治的配慮に対してか。両方かもしれない。桂は顔をしかめて訂正した。
「ヅラではない。桂だ」
「俺が関与していないことはどうせすぐに分かる」
「どうやって証する気だ。万人を納得させることはできないぞ」
「いいや、できるぜ」
もしや雪火が人為的にばらまかれたという噂は本当なのか。高杉はその犯人を知っているのかと一瞬桂は思った。
だが高杉はうっすらと笑っただけで、その理由をついに語ることはなかった。
「もしそれが本当なら、倒幕に加わろう。ただしこれだけ言っておく。江戸を火の海にはさせん。無辜の民を虐げることは許さんぞ」
「好きにしろ」
あっさりと頷くとは思わなかった桂は聞き返した。
「貴様本当にそれでいいのか」
桂を内側に招くということは浸食を許すということだ。鬼兵隊はともかく、他の諸隊になら桂はそれなりの影響力を及ぼせるはずだ。
「やれるもんならやってみな。俺も俺のやりたいようにやるだけさ」
外の敵だろうが内の敵だろうが違いはないだろうと高杉は言い切った。
「敵に回っても良かったんだぜ」
いっそ優しげに見えるような目をして高杉は言った。愛おしげに。老獪な海千山千の者でもこの目にころっとやられてしまう。
「高杉」
幼なじみの桂にはまるで通用しない手管だから、こんなふうに対立を勧めるような時にしか緩ませることのない目だったが。
「だが加わるとなったら働いてもらうぜ。お前得意のご周旋だ」
「なに?」
「辰馬が島津と同盟しろと言ってきてる」
「辰馬が?」
桂は口を開けた。変なところで変な男の名を聞いた。あれは攘夷からは足を洗ったと考えていた。そういえば俺は俺なりの攘夷をするんじゃあとか言っていたから高杉と未だつながりを持っていて、こんなところで名が挙がってもおかしくはないのかもしれないが。しかし。
「俺は戦で忙しい。お前西郷と伝手があるらしいじゃねぇか。ちょうどいい、任せる」
ヅラのターン。 梅花凋落5
いや。天の方が奴を掴み、あの小さな背を押し出したのかもしれない。天の望みを叶えられるだけの器量を持った人間は早々と死に尽くし、あとは高杉くらいしか残されていなかった。そのために生かされていたかとしか思えないほど。実際高杉は劣勢をひっくり返し、いまも覆し続けている。
桂は天を、あるいは運命というものを恨んだ。
今更高杉に何をさせようというのか。そう苦い気持ちで思う。
この人事の及ばぬ時局というものに、穏健派である桂もまた追い込まれている。
幕府の失政に人心は離れつつある。そして高杉の蜂起に賛同するものが雪崩を打って帰順しはじめた。時代は確実に穏健派の描く未来よりも過激な武力倒幕へと傾いていた。桂のまとめる攘夷党の中にもこのままの姿勢で理想は実現するのか、はたして幕府は天人の干渉と雪火への対応を見直すだろうかと、疑問の声が上がっている。
もちろん、幕府は方向を転換したりはしないだろう。今になってもなお、幕府は高杉派を鎮圧すればすむと思っている。国内に広がる不安など、幕府の威光を持ってすれば容易く押さえられると考えている。
その上ご政道に口を挟むなど論外だと。ただ幕府に従っていればいいと二十年の昔から、いや、徳川家康の時代から変わらずにそう思っているのだ。
徳川家は諸公の一人者、ただ最後の大戦の勝者にすぎない。そしてその徳川家の開いた幕府を実質動かしているのは譜代の臣でしかないのだ。そして今やその陪臣たちにも出る幕はない。天人の牛耳るところとなって久しい。それを正すのが攘夷党の願いだった。
(このままではこの国は駄目になる。だが確かに今のままでは幕府を変えることはおろか、終わらせることなどできはしない)
幕府の瓦解を待って新しい日本の夜明けを平和裏に迎える頃には雪火に人々は殺しつくされてしまう。
亡国病。そう雪火は呼ばれ始めている。
猛威を振るう雪火。確かに治療法が確立していない今幕府自身にも雪火を沈静化する有効な手段はない。その流行が自然に収まるのを待つしか。幕府の失政と対応を非難する諸隊にしたってそれは同じだろう。
しかし見過ごすことはできない。
高みの見物を決め込むことも桂にはできた。どれほどの同志が桂を見捨て時流に乗ろうとも。いかなる非難をうけようと。
だがそれでは幕府と同じなのだ。
結局桂は高杉のもとへ行くことを決断した。
貧困と雪火に苦しむ人々を見捨てることはできない。それに高杉の暴走を許せば、大江戸は必ず火の海に沈む。なんの罪もない虐げられている人々が、雪火以外にも大勢死ぬだろう。倒幕軍の内部に食い込んで抑止できるのは自分だけだと思った。
しかしその前に桂は確かめなければならなかった。
「久しいな」
とある豪商の邸宅で桂は高杉と会見を持った。旗幟を鮮明にしない桂へ手紙を寄越したのは高杉からだった。
「正直、お前の方から連絡があるとは思わなかった」
広い座敷に通されしばらく待たされると高杉は右手に刀を持って現れた。次にあったときはぶった切ると宣言した桂を今すぐきるつもりは高杉にはないようだ。誘き出されたところを後腐れがないように始末する、ということもあり得ると思っていた桂もまた、一応は腰から抜いた刀を己の右側に置いてはいたが。
「お前さんには文を、銀時には刀を送った」
陣羽織を羽織った高杉はあぐらをかいて座り、ぬるまった茶に口を付けながらそういった。
「相変わらずひどい奴だ」
銀時に最初に刀を送ったのは松陽先生だった。その次がこれか。高杉はにやりと笑った。
「あいつと違ってお前には刀があるじゃねぇか。やりあうのに鈍らなんぞじゃ冗談じゃねぇしな」
それに銀時には文何ぞ書かなくても用は足りると。
つまり銀時とは遣り合う以外にはないと思っているのだ。多分その通りだろう。
桂だとて本来ならばそうだ。幕府が愚かな振る舞いさえしなければ、ここまでやっては来なかっただろう。市井の暮らしがここまで滅茶苦茶にならなかったなら。桂も銀時と同じように、高杉をぶった切って仕舞だったろう。それができたならの話だが。
しかし驚くことに、今大義は確かに高杉の方にあるのだ。狂い、壊れ、世界と心中しようとしていた高杉の方に。
賢く狡い男だ。そういうことだけは心得ている。そういう風に叩き込まれていた。
(先生)
最も高杉が今も昔もやりたいことは変わってはいないだろう。どれだけ大義を掲げようとも、ただ幕府を倒し、あの人の復讐を遂げようと牙をむいている。
「で、どうする? その刀で俺をばっさりやるか、それとも倒幕に加わるか」
そう簡単にばっさりやられる俺じゃねぇが、と高杉は言った。護衛の伏兵でも詰めているのかもしれない。ただ桂には気配を読み取ることはできなかった。
「その前に一つ、確かめたいことがある」
「言ってみな」
「幕軍は雪火をばらまいたのはお前だと言っているが本当か?」
「バイオテロか。確かに主上も将軍も同時に倒れたな。…残念だが俺の好みじゃねぇ」
確かに高杉の好みではないだろう。高杉はもっと直裁な制裁を望んだに違いない。将軍を戦場に引きずり出して無惨に切り刻む方を好むだろう。貴族化しているとはいえ、腐っても征夷大将軍は武門の棟梁なのだ。
「ではなぜ反論しない。雪火は諸刃の剣。このままでは足下を掬われるぞ」
「くくく流石ヅラだな」
心配性を揶揄しているのか、それとも政治的配慮に対してか。両方かもしれない。桂は顔をしかめて訂正した。
「ヅラではない。桂だ」
「俺が関与していないことはどうせすぐに分かる」
「どうやって証する気だ。万人を納得させることはできないぞ」
「いいや、できるぜ」
もしや雪火が人為的にばらまかれたという噂は本当なのか。高杉はその犯人を知っているのかと一瞬桂は思った。
だが高杉はうっすらと笑っただけで、その理由をついに語ることはなかった。
「もしそれが本当なら、倒幕に加わろう。ただしこれだけ言っておく。江戸を火の海にはさせん。無辜の民を虐げることは許さんぞ」
「好きにしろ」
あっさりと頷くとは思わなかった桂は聞き返した。
「貴様本当にそれでいいのか」
桂を内側に招くということは浸食を許すということだ。鬼兵隊はともかく、他の諸隊になら桂はそれなりの影響力を及ぼせるはずだ。
「やれるもんならやってみな。俺も俺のやりたいようにやるだけさ」
外の敵だろうが内の敵だろうが違いはないだろうと高杉は言い切った。
「敵に回っても良かったんだぜ」
いっそ優しげに見えるような目をして高杉は言った。愛おしげに。老獪な海千山千の者でもこの目にころっとやられてしまう。
「高杉」
幼なじみの桂にはまるで通用しない手管だから、こんなふうに対立を勧めるような時にしか緩ませることのない目だったが。
「だが加わるとなったら働いてもらうぜ。お前得意のご周旋だ」
「なに?」
「辰馬が島津と同盟しろと言ってきてる」
「辰馬が?」
桂は口を開けた。変なところで変な男の名を聞いた。あれは攘夷からは足を洗ったと考えていた。そういえば俺は俺なりの攘夷をするんじゃあとか言っていたから高杉と未だつながりを持っていて、こんなところで名が挙がってもおかしくはないのかもしれないが。しかし。
「俺は戦で忙しい。お前西郷と伝手があるらしいじゃねぇか。ちょうどいい、任せる」
ヅラのターン。 梅花凋落5
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