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今、テレビの2大ニュースは雪火と幕軍と倒幕軍との戦い、だった。
「銀ちゃん、わたし寝過ごしたアルか?」
新八の作った味噌汁を飲みながらテレビを見ている銀時に、押入れからのそのそと出てきた神楽が言った。
「まだ寝ててもだいじょーぶだぜ。まあ起きたなら飯にしな」
「そうするアル。おなかぺこぺこよ」
といいながらぱんぱんにむくんだ顔で神楽はご飯ジャーごと抱え込みに入る。
最近の万事屋は雪火のせいでフル稼働だ。パチンコに行く暇も、甘味屋に行く暇もない。そういうわけで通常よりは懐が暖かいが、物価はそれ以上に上がっているので、相変わらず万事屋の家計はぼーぼーの火の車だ。
だが、銀時はぱっつぁんの愛情たっぷり味噌汁も飲めよといいながら、テレビから目を離さなかった。くたびれて帰ってきたのだ。飯くらいたんと食わせてやりたいというのもあったし、テレビの中継が気になるところでもあった。
空からの中継が現在の幕軍と倒幕派諸隊の戦いを映している。
そこに先頭をきって、人殺しをしている高杉の姿があった。
黒い洋装で、頭から血を被ったかのように返り血で真っ赤で、誰にも追いつけない速度で縦横無尽に切りまくっている。瞳孔は開ききっていて、ああ、戦うことだけを考えているなというのが銀時には胸が痛くなるほど分かった。
攘夷戦争の真っ只中にいるような。
だがもちろん過ぎ去った日々と違うところもあった。
小さな頭にめぐらされた包帯、ばかりでなく。
(護衛がいねぇ…?)
半径10m以内に味方がいない。そんなところへ総督を置きっぱなしにしておくのが鬼兵隊か。粛清された鬼兵隊ではありえないことだ。高杉一人突出したとしても誰かしら後を追っていた。そうでなかったのは、銀時と背中をあわせていたときだけだ。
高杉が頭なのだ。
鬼兵隊は彼の巨大な手足。乱戦の最中にあっても彼の采配に機敏に即応する。その手足を切り離して頭だけで何をしている?
脳をやられたら鬼兵隊はおしまいだ。いや、それだけではない。決起した諸隊の趨勢もそれで決まる。
倒幕派に比べて幕軍はまだ倍ほどの数がいるのだ。
そしてその幕軍の主力は次々と高杉めがけて戦力を投入している。
幕軍も馬鹿じゃない。
高杉を討てば小さくない衝撃を与えられることを知っている。攘夷戦争末期もあの戦いが終わった後も幕府は執拗に高杉の首を欲しがっていた。あれさえ仕留めれば終わるとでも思っていたか。
(なんでそんな危ねー真似…囮か?)
それにしても何故一人なのだ。
(おまえ一人の戦争じゃねーだろーが)
もちろん敵の歩兵が群がるせいで砲撃を高杉めがけて撃つことはできない。中継中に味方ごと撃つ馬鹿はいないだろう。あれだけ濃密に囲まれては小銃の出番もない。あんなに早く動かれては的を定めるのは至難の業だ。それに的も小さい。攻勢に出ている兵士の体の影にどうしたって隠れてしまう。
(狙撃対策か…?)
しかし百戦錬磨とはいえ限界はある。いずれ仕留められてしまう。砲弾が届かなくとも、銃弾が撃てずとも、白刃に捉えられる。そう思っているときだった。
「あっ…」
背後から迫った刀が突き出される。避けられない。そう思った。
だがその刃は結局高杉の体には届かなかった。刃は直前に折れ、飛んだ。銃弾だ。それで弾かれたのだ。あの乱戦の中で正確に弾を通した。
その後も高杉の周りにいた歩兵たちはばたばたと倒れていった。高杉はそれが当然のように目もくれなかった。
広角レンズで捉えられた映像の中から銀時は一番近くにいる鬼兵隊を注視する。金髪の女を囲んでいる2人の剣士。そのスリーマンセルが高杉のフォローをしているのだ。つかず、離れず、ただ総督だけを守っている。
(おいおいおい。おまえら幹部だろ)
人斬り似蔵にヘッドフォン野郎が、女を守り、女が、高杉に寄せる兵士たちを正確無比な銃弾でさばいているのだ。本来なら後方にいなければならない高杉の意を汲んで鬼兵隊を実質率いなければならない者達が。 いや、そうではないのかもしれない。
人きりも狙撃手も所詮人を使う器ではないのかもしれない。かつて銀時がただ一介 の侍として攘夷に参加したように。
(にしたってじゃあ傍で守ればいいじゃねーか)
一人も四人も圧倒的多数の前ではそうは変わらない。誘うにしても、一人きりの囮より多少リアリティが増すはずだ。
違和感を払拭できない間に、討幕軍の戦艦が砲撃を開始し、ついに中継をしていた船にも当たったようだった。映像は途切れて、テレビのスタジオにカメラが戻る。
銀時は知らず知らずのうちにため息をついていた。
「強いアルな。銀ちゃんこいつが江戸に来たら戦いにいくアルか?」
白いご飯を食べ終わった神楽が、今度はなべごと味噌汁をごくんごくん飲みながら聞いた。
そういう約束だった。
ぶった切ると。
だがその約束を神楽に話したことはなかった。どうしてそう思ったのかは分からない。銀時があまりにも深刻な暗い目でテレビを睨みつけていたからかもしれない。
(戦うか? わかんねーよ)
既に銀時は一度あの約束を反故にしていた。
「銀さん戦争はこりごりなんだけどよ」
長い沈黙の後にようやくそれを吐き出した頃に、玄関の呼び鈴がなった。
銀時は結論を出さずにすんで半ば安堵しながら席を立つ。
「はいはいはい」
「飛脚屋でーす」
このご時世に飛脚便も大変だ。西の方では激戦が繰り広げられているし、雪火のせいで働ける人数が限られている。それでもこうして商売をしている。生活のためもあるだろうし、仕事に対する誠実さからかもしれない。やっぱり人間というのは強い生き物なんだろうなと思いながら銀時はがらりと玄関を開けた。
「おつかれさまでーす」
そういいながら判子を出すのが面倒な銀時は受け取りをサインで済まし、重く長い箱を受け取った。
「銀ちゃん食べ物あるか?」
「おまえはいつまで経っても花より団子だなー。おれも団子のほうがいいけどよー。あ~、団子食いてぇ…あ」
残念ながら食い物ではなかった。
ごそごそと開けた箱の中に梱包材に包まれて入っていたのは一振りの刀。
送り主の名前はなかったが、それが誰かはすぐに分かった。
高杉に違いなかった。
刀など手放して、ずっと持っていない。そのことを知っていて送ってきたのだ。それを持って、来いと。止めるつもりがあるなら、おまえの守る小さな世界を壊されたくないならと言ってきたのに違いない。
どS。
逃げを許さない。
あの時、銀時を見据えたまっすぐな目。自分は何も変わってはいない、誰に非難されても誓いを果たす、そんな純粋な目をしたままこれを銀時に。
(なんであんなにまじめなのかな)
誰も信じないだろうが高杉はいつでも大真面目なのだ。ぶった切ってやるといった銀時の言葉に正面から返答した結果がこれなのだ。
剛速球のストレートを強烈なピッチャーライナーで打ち返してきたそんな感じ。
あやふやにするとかなかったことにするとか、そういうことはできないのだ。
ぼけるってことを知らない奴だ。
それを見ながら銀時は辛気臭く眉間にしわを寄せた。
(本当におまえと戦わなきゃならないのか…?)
ほんとうに?
倍ほどの数の敵がいても、高杉は江戸まで攻め上るだろうか。
高杉ならやれるだろう。厄介なことになる、そう思えたが、銀時は高杉がここまでたどり着くことを確信していた。
(多串くんには悪いけど)
それが高杉の悲願なのだ。そのためだけに生きていた。ほかに生きる理由があっただろうか。そんなものは何もないのだ。
何も。
しつこく銀ちゃん。
梅花凋落4