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そこに佇むは温かな灰。中にはまだ、熾き火を隠しているのかもしれない。そっと息を吹き込めば、まだ充分に火を点ける事はできるだろう。しかし自身のほとんどはただの 燃え殻。二度と炎を発する事はないのかもしれない。
けれどもその灰燼の奏でる調べはいつもと変わらずうつくしかった。
轟々と失われたものへ愛と悲しみ、憎しみと怒りとを糧に燃え、誰にも出せない修羅の音を響かせていた頃のように。あの凄絶な音色が絶えてしまった後でも十二分に。
それが高杉晋助の恐ろしい所だ。
煽動者。
その価値が残されている。まだ血塗られた道を行ける。灰が土に帰るその瞬間まで。或いは全くの無に帰した後にも彼の名は十分な威力を発揮するだろう。彼は不朽の階を登ったのだ。
そのことを高杉も重々承知している。
そしてこの異能はこれから起こる揉め事を、万斉が行おうとしている企みを正確に予見している。
「晋助は立派な旗頭になるでござろうが、晋助はもう逃げ切れぬよ」
もっとも万斉の見る所、このうつくしいことを好む総督は蜘蛛の編む、銀の糸に捉えられたがっていたように思える事があった。絡めとられた今の境遇を不本意と感じていても、この場所に抗いがたい力を感じ、安らいでいるのは瞭然だった。
「逃げる?」
晋助は全くの心外だと顔を顰める。
自分から、戦場から逃げたのは白夜叉だとまだ思っているのだ。対して自分は逃げることだけはしていないと。
万斉は笑う。
この場所を去ると高杉が決意する日が来たとしても、高杉は堂々と出ては行けまい、家主の許可も得ないまま忽然と姿を消すに違いないと思えたからだ。白夜叉の意思に反することを、正面切って押し通す力が残されているだろうか。そうは思わない。高杉は負けている。
「晋助はとうとう捕まったのでござる。白夜叉の勧めた薬を飲んだ日から、晋助の命も体も白夜叉のものでござる。心はずっと前からであったが」
高杉は気付いていなかっただろうが雪火の薬、あれは毒そのものだった。高杉を動けなくする毒。白夜叉に屈服させる劇薬だ。復讐のために命を惜しんだのならまだ良かった。だが高杉がそれを服用したのは白夜叉の為だった。高杉が彼の手を取り、白夜叉が高杉を捉えた瞬間だった。
だから快方に向かっていても高杉はここを出ようとはしていない。自ら手足たる鬼兵隊を投げ出したまま取り戻そうともしていない。
「そんなことはねぇ。俺は俺のものさ。昔からな」
バチを下ろしながら、高杉は否定した。
身も心も血と復讐と戦いに捧げていたという。自分は自分自身のものだと。だれも心に住んでいなかったと。
(大人は嘘つきでござる。とりわけ晋助は)
確かに高杉は戦い続けてきた。自分の心の命じるまま、声にならない怒りをぶつけた。憎しみに純化された目で世界を睨みつけていた。暗くこびりついた痛みを抱えながら刃を振るった。
だがそれは常に他者のためだった。
吉田松陽のため。
殺された鬼兵隊のため。
彼らの復権が己の才覚を見いだし、生き残ったものの義務であり責務だとどこかで思っていなかっただろうか。彼の出発はテロリストではなかった。憂国の志士。それが権力の側からそう変貌させられたのだ。
しかしテロリストのレッテルはあまりにも簡単に高杉の身に馴染んだ。
(晋助には不幸なことだが)
復讐を遂行する以外に、白夜叉などはもっと相応しい身の処し方が、穏やかな生き方ができたと信じているようだったが万斉はそうは思わない。詩も歌も奏者としても優れていたが、彼の能力の最たるものは軍略だ。それを見いだしたのが吉田松陽であるならば、余計に高杉はそれを使わないわけにはいかなかっただろう。
小さな頭に詰まった知略を世に現さないわけには。
天の采配だ。吉田松陽に出会った事が彼の運命の始まりだった。
望んで鬼才に生まれついたわけではないだろう。
だから今の生活に不安はあっても不満はない。罪悪感はあるだろうが、それさえなければ高杉は幸福でいられる。
「では誰を思っていたでござるか。吉田松陽殿でござろうか? 本当にそうだったら、晋助は今頃ここにいなかったでござる」
万斉は昔の高杉の事を知らない。攘夷戦争に参加する前も、攘夷党に属して鬼兵隊を率いていた時の事も。ただ彼の昔の知己から聞いた範囲では、高杉はまだ正常だったという話だ。狂ってはいなかった。松陽を失った後でも高杉は生きて強い信念のもと刀を揮っていた。誰もが知る侍だった。
「じゃあどこにいたって?」
「晋助はとうに地下のものだったでござろうよ。ぬしを生かしたのは白夜叉だった」
生きていろと白夜叉が望んだからだ。自分の大切な物は守ると傲慢に実行していたからだ。
鬼兵隊が壊滅した後、ようやく高杉は壊れたらしいがそれでも高杉は生きていた。
生命力の強さとは思わない。確かに高杉は強いが、彼の強さは身体の強靭さから来るものではない事は分かっている。
彼の強さは精神の強さ。吉田松陽が教えた志の強さ。それが折れた日からは白夜叉のかけたその呪いが高杉を生かした。
今はどうだ。
幕府は倒れた。天命は果たされた。運命が用意した重い軛から解き放たれた。
その証拠に何もない。
何の望みもない。
だからこれは尽きた灰なのだ。
ただの燃え殻でも白夜叉には愛しいのだろう。生きて傍にいればそれで。だから高杉は天から用済みにされた後にもこうして生きている。白夜叉に生きろと呪われたまま。
本音を言えば連れて行きたい。
高杉もまだ迷っている。止める言葉を口にしたくはない。
生きてただ傍にいればいいと愛でる為だけに飾っておきたい銀時と違い、万斉はまだ高杉を利用できた。高杉晋助にしかできない価値を与えられる。残酷だった運命のように戦い続けろと言えた。無力に死んだ吉田松陽、旧鬼兵隊のようにそちら側に背中を押すことができる。
「次の祭り、おぬしは大人しく見ているでござる」
しかし毒を盛られるたのは万斉も同じなのだ。
万斉は高杉を説得し、生き残る可能性に賭けさせることができなかった。
それが出来ていれば高杉の今後にもまだ介入の余地はあっただろう。だがそれを勧め、飲み込ませることができたのは白夜叉だけだった。
白夜叉だけが高杉が自分をおいて死ねるわけがないと信じて実行した。
あの時に万斉は高杉に関する総ての権利を失ったのだ。
気付けば万斉はおらず、高杉は布団の中にいた。途中で眠ってしまったのか。結局四曲ほど弾いたのは覚えているし話もしたが、万斉を止める言葉は口に出来なかった。
まあ、どの面下げてこの口が止めろとか言えるのかという問題もあった。高杉はこれまで本当に好き放題して生きてきた。
人生は短い。急がなければ何も成さないうちに死んでしまう。それを悟った時にやりたい事しかしないと決めた。
万斉にもそんな焦燥があったとは思わないが男が一度決めた事を翻しはしないだろうとも思った。
誰にも自分の命をどう使うか決める権利があるだろう。そのために捧げられる犠牲について高杉は斟酌しない。倫理や道徳からはとうに自由だ。
しかしそれは万斉の命を諦める事だった。遠からずあれは死ぬ。一年か、二年か。似蔵や多くの人間を巻き込んで惨たらしく死んで行くだろう。本来それは高杉の役目だったはずだ。
(望みはないと思っていたが、そうでもない…)
生きれば生きたでやるべきことができる。それもいい。銀時に救われてしまったのだ。どうせもう死ねない。
(やっぱりお前のためには生きれねぇよ、銀時)
高杉は布団から身を起こす。そして和室の襖を空けた。
(お前らと同じに)
「起きたか」
ソファーで桂が茶を飲んでいた。
「ああ」
訪ねて来るものは部下である場合もあれば、かつての支援者だったりもする。高杉は療養のため一線から退いた形だが、新政府とのパイプも太い。その伝手を頼って便宜を図ってほしいという者が来る場合もあったし、そのパイプ自体がやってくることもあった。
つまりこのヅラだ。
それにしてもいつからいたのだろう。
この副作用のどうしようもないところは人の気配があっても容易に起きれないことだ。常体の高杉にはありえないことだ。敵意にさえも鈍い。寝込みを襲われることもしばしばあるのでなんとかならないものかと思う。どうにもなりはしないが。
「何か用か? 銀時ならここのところずっと忙しがってるぜ」
雪火はまだ収まらない。万事屋はその予防対策で名を上げたから以前よりもずっと広範囲に頼りにされるようになっている。桂もそのことを知っているはずだ。
「知っている。お前の誕生日は二人きりで甘い夜を過ごすとかほざくのでな。前祝いにきた」
「あ?」
本人の了解も得ずにそんな根回しがされていたのか。どうりで万斉も先に三味線を持ってきたわけだ。当日は銀時の独り占め令が発されたわけか。そうか。
ふるふるしている高杉の空気を読まずに桂は桂なりの祝辞を続ける。
「お前ももう二十八になるか。憎まれっ子世にはばかると言うが、しぶとくてなによりだ」
わざわざそんなことをいいに来たのか。
これが前祝いだというのだから呆れる。
銀時以上に忙しいはずなのにご苦労なことだ。高杉は皮肉で返した。
「その理屈で行くならお前の命もまだまだ安泰か」
ヅラはふふんと鼻で笑った。
「当然だ。俺が志半ばで死ぬわけがない。ところでなにか欲しいものはあるのか。なければ政府にお前の席を」
「止めろ」
この流れ、銀時とそっくりだ。いやな所が似てやがる、と思いながら高杉は言った。
「だがいずれお前は必要になる」
「その気はねぇ」
「それはあれか。銀時と離れたくな〜いとかそういうのか?」
「殺すぞ」
桂はやれるものならやってみろといわんばかりに茶を啜った。やらないと分かっているのだ。高杉が本気だったら今頃窓を蹴破って逃げているころだろう。
確かに口をつぐませれば良かったので高杉はしばし黙考する。
代案を出さなければ本当に具体的なポストを用意してまたやってくる。実行力はある男だから。
「なら墓を建てろ。出来れば先生の隣に」
「なんだ。この期に及んで貴様死ぬのか」
高杉はにやりと笑った。
おそらく高杉はこの副作用にも打ち勝つ。そうなればまだ暫くは生きるだろう。やるべきことも見えてきた。あの粛正から生き延びたように、高杉はまた生きる理由をみつけた。何処まで生き汚いのだろう。それをおかしく思いながら、高杉は考える。
このまま生きるなら死ななければならない。
攘夷粛正におりには生死不明で暫く雌伏していたが、今度は完全に。そうすれば高杉は自由に動ける。
「高杉晋助を生かして置いてもろくな事にはならねぇからな。春雨との密約もある。俺が死に、鬼兵隊もなくなれば、知らぬ存ぜぬでばっくれられるだろう」
それを聞いたヅラは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「…。…お前春雨に一体何を約した? 吐け。吐いてしまえ!」
「おっと、そいつはいえねぇな。つか聞いたらお前しめぇだよ。世の中には知らなくていい事がたくさんあるんだぜ?」
知らなくていい事にばっかり首を突っ込んできたくせに何を言うか。全くお前と来たら。本当にそれで済むと思っているのかとヅラは延々と説教をはじめた。
今更高杉を説き伏せようなどとヅラも相変わらず諦めが悪い。
「大丈夫だろ。春雨には銀時の伝手がある」
「うむ?」
「どうせ夜兎の師団長あたりが進んで来るだろ? 銀時と遣り合えれば奴さんはそれで満足だから、他の事なんかどうでも良くなる」
「お前、相変わらずえげつないな」
幾ら銀時でも夜兎相手に無傷ではすまないぞと思いながら桂は言った。銀時もどSだが高杉も負けず劣らずだ。ただ高杉の場合は手段を選ばず効率だけを考えている結果であって、銀時のように苦痛に歪む顔が見たいとかそういう自分の娯楽が目的ではないだけだ。
「銀時に否やは言わせねぇよ。自分で守るって言ったんだ。それにあいつはそういう時は絶対負けねぇからな」
つまり怪我くらいはするかもしれないが、何かを守ろうという銀時は十二分にその強さを発揮するので、夜兎相手にも遅れは取らないし、だから死ぬ心配はないということだ。しかし。
「お前…」
高杉は高杉で銀時をちゃんと愛していて死なないように気を配っているつもりらしい。らしいのだが。
「常々思うが気を使う所が違うんじゃないのか?」
「あ? お前に言われたくねぇよ。電波」
さんざん罵り合ったが望み通りの墓は建ててくれるそうだ。先生の隣に。
「ついでに法要は芸者を呼んで三味線でにぎやかに」
「するか、このうかれぽんちが調子に乗るんじゃない。素直に礼を言うのが先だ」
高杉は肩をすくめる。だがたしかに先生の隣はうれしいので昔のように無邪気を装って笑いかけた。
「うれしーぜ、小太郎。ありがとな」
「…。…この魔王が」
人をたらす時のとは違うヅラ好みの笑顔のはずだったが何でかそういわれた。臥せっている間に腕が落ちたのだろうか。おかしいなと思いながら高杉は首を傾げた。
うちの万斉は淡々と思い込みが激しい感じ。
総督は漢で魔性。
けれどもその灰燼の奏でる調べはいつもと変わらずうつくしかった。
轟々と失われたものへ愛と悲しみ、憎しみと怒りとを糧に燃え、誰にも出せない修羅の音を響かせていた頃のように。あの凄絶な音色が絶えてしまった後でも十二分に。
それが高杉晋助の恐ろしい所だ。
煽動者。
その価値が残されている。まだ血塗られた道を行ける。灰が土に帰るその瞬間まで。或いは全くの無に帰した後にも彼の名は十分な威力を発揮するだろう。彼は不朽の階を登ったのだ。
そのことを高杉も重々承知している。
そしてこの異能はこれから起こる揉め事を、万斉が行おうとしている企みを正確に予見している。
「晋助は立派な旗頭になるでござろうが、晋助はもう逃げ切れぬよ」
もっとも万斉の見る所、このうつくしいことを好む総督は蜘蛛の編む、銀の糸に捉えられたがっていたように思える事があった。絡めとられた今の境遇を不本意と感じていても、この場所に抗いがたい力を感じ、安らいでいるのは瞭然だった。
「逃げる?」
晋助は全くの心外だと顔を顰める。
自分から、戦場から逃げたのは白夜叉だとまだ思っているのだ。対して自分は逃げることだけはしていないと。
万斉は笑う。
この場所を去ると高杉が決意する日が来たとしても、高杉は堂々と出ては行けまい、家主の許可も得ないまま忽然と姿を消すに違いないと思えたからだ。白夜叉の意思に反することを、正面切って押し通す力が残されているだろうか。そうは思わない。高杉は負けている。
「晋助はとうとう捕まったのでござる。白夜叉の勧めた薬を飲んだ日から、晋助の命も体も白夜叉のものでござる。心はずっと前からであったが」
高杉は気付いていなかっただろうが雪火の薬、あれは毒そのものだった。高杉を動けなくする毒。白夜叉に屈服させる劇薬だ。復讐のために命を惜しんだのならまだ良かった。だが高杉がそれを服用したのは白夜叉の為だった。高杉が彼の手を取り、白夜叉が高杉を捉えた瞬間だった。
だから快方に向かっていても高杉はここを出ようとはしていない。自ら手足たる鬼兵隊を投げ出したまま取り戻そうともしていない。
「そんなことはねぇ。俺は俺のものさ。昔からな」
バチを下ろしながら、高杉は否定した。
身も心も血と復讐と戦いに捧げていたという。自分は自分自身のものだと。だれも心に住んでいなかったと。
(大人は嘘つきでござる。とりわけ晋助は)
確かに高杉は戦い続けてきた。自分の心の命じるまま、声にならない怒りをぶつけた。憎しみに純化された目で世界を睨みつけていた。暗くこびりついた痛みを抱えながら刃を振るった。
だがそれは常に他者のためだった。
吉田松陽のため。
殺された鬼兵隊のため。
彼らの復権が己の才覚を見いだし、生き残ったものの義務であり責務だとどこかで思っていなかっただろうか。彼の出発はテロリストではなかった。憂国の志士。それが権力の側からそう変貌させられたのだ。
しかしテロリストのレッテルはあまりにも簡単に高杉の身に馴染んだ。
(晋助には不幸なことだが)
復讐を遂行する以外に、白夜叉などはもっと相応しい身の処し方が、穏やかな生き方ができたと信じているようだったが万斉はそうは思わない。詩も歌も奏者としても優れていたが、彼の能力の最たるものは軍略だ。それを見いだしたのが吉田松陽であるならば、余計に高杉はそれを使わないわけにはいかなかっただろう。
小さな頭に詰まった知略を世に現さないわけには。
天の采配だ。吉田松陽に出会った事が彼の運命の始まりだった。
望んで鬼才に生まれついたわけではないだろう。
だから今の生活に不安はあっても不満はない。罪悪感はあるだろうが、それさえなければ高杉は幸福でいられる。
「では誰を思っていたでござるか。吉田松陽殿でござろうか? 本当にそうだったら、晋助は今頃ここにいなかったでござる」
万斉は昔の高杉の事を知らない。攘夷戦争に参加する前も、攘夷党に属して鬼兵隊を率いていた時の事も。ただ彼の昔の知己から聞いた範囲では、高杉はまだ正常だったという話だ。狂ってはいなかった。松陽を失った後でも高杉は生きて強い信念のもと刀を揮っていた。誰もが知る侍だった。
「じゃあどこにいたって?」
「晋助はとうに地下のものだったでござろうよ。ぬしを生かしたのは白夜叉だった」
生きていろと白夜叉が望んだからだ。自分の大切な物は守ると傲慢に実行していたからだ。
鬼兵隊が壊滅した後、ようやく高杉は壊れたらしいがそれでも高杉は生きていた。
生命力の強さとは思わない。確かに高杉は強いが、彼の強さは身体の強靭さから来るものではない事は分かっている。
彼の強さは精神の強さ。吉田松陽が教えた志の強さ。それが折れた日からは白夜叉のかけたその呪いが高杉を生かした。
今はどうだ。
幕府は倒れた。天命は果たされた。運命が用意した重い軛から解き放たれた。
その証拠に何もない。
何の望みもない。
だからこれは尽きた灰なのだ。
ただの燃え殻でも白夜叉には愛しいのだろう。生きて傍にいればそれで。だから高杉は天から用済みにされた後にもこうして生きている。白夜叉に生きろと呪われたまま。
本音を言えば連れて行きたい。
高杉もまだ迷っている。止める言葉を口にしたくはない。
生きてただ傍にいればいいと愛でる為だけに飾っておきたい銀時と違い、万斉はまだ高杉を利用できた。高杉晋助にしかできない価値を与えられる。残酷だった運命のように戦い続けろと言えた。無力に死んだ吉田松陽、旧鬼兵隊のようにそちら側に背中を押すことができる。
「次の祭り、おぬしは大人しく見ているでござる」
しかし毒を盛られるたのは万斉も同じなのだ。
万斉は高杉を説得し、生き残る可能性に賭けさせることができなかった。
それが出来ていれば高杉の今後にもまだ介入の余地はあっただろう。だがそれを勧め、飲み込ませることができたのは白夜叉だけだった。
白夜叉だけが高杉が自分をおいて死ねるわけがないと信じて実行した。
あの時に万斉は高杉に関する総ての権利を失ったのだ。
気付けば万斉はおらず、高杉は布団の中にいた。途中で眠ってしまったのか。結局四曲ほど弾いたのは覚えているし話もしたが、万斉を止める言葉は口に出来なかった。
まあ、どの面下げてこの口が止めろとか言えるのかという問題もあった。高杉はこれまで本当に好き放題して生きてきた。
人生は短い。急がなければ何も成さないうちに死んでしまう。それを悟った時にやりたい事しかしないと決めた。
万斉にもそんな焦燥があったとは思わないが男が一度決めた事を翻しはしないだろうとも思った。
誰にも自分の命をどう使うか決める権利があるだろう。そのために捧げられる犠牲について高杉は斟酌しない。倫理や道徳からはとうに自由だ。
しかしそれは万斉の命を諦める事だった。遠からずあれは死ぬ。一年か、二年か。似蔵や多くの人間を巻き込んで惨たらしく死んで行くだろう。本来それは高杉の役目だったはずだ。
(望みはないと思っていたが、そうでもない…)
生きれば生きたでやるべきことができる。それもいい。銀時に救われてしまったのだ。どうせもう死ねない。
(やっぱりお前のためには生きれねぇよ、銀時)
高杉は布団から身を起こす。そして和室の襖を空けた。
(お前らと同じに)
「起きたか」
ソファーで桂が茶を飲んでいた。
「ああ」
訪ねて来るものは部下である場合もあれば、かつての支援者だったりもする。高杉は療養のため一線から退いた形だが、新政府とのパイプも太い。その伝手を頼って便宜を図ってほしいという者が来る場合もあったし、そのパイプ自体がやってくることもあった。
つまりこのヅラだ。
それにしてもいつからいたのだろう。
この副作用のどうしようもないところは人の気配があっても容易に起きれないことだ。常体の高杉にはありえないことだ。敵意にさえも鈍い。寝込みを襲われることもしばしばあるのでなんとかならないものかと思う。どうにもなりはしないが。
「何か用か? 銀時ならここのところずっと忙しがってるぜ」
雪火はまだ収まらない。万事屋はその予防対策で名を上げたから以前よりもずっと広範囲に頼りにされるようになっている。桂もそのことを知っているはずだ。
「知っている。お前の誕生日は二人きりで甘い夜を過ごすとかほざくのでな。前祝いにきた」
「あ?」
本人の了解も得ずにそんな根回しがされていたのか。どうりで万斉も先に三味線を持ってきたわけだ。当日は銀時の独り占め令が発されたわけか。そうか。
ふるふるしている高杉の空気を読まずに桂は桂なりの祝辞を続ける。
「お前ももう二十八になるか。憎まれっ子世にはばかると言うが、しぶとくてなによりだ」
わざわざそんなことをいいに来たのか。
これが前祝いだというのだから呆れる。
銀時以上に忙しいはずなのにご苦労なことだ。高杉は皮肉で返した。
「その理屈で行くならお前の命もまだまだ安泰か」
ヅラはふふんと鼻で笑った。
「当然だ。俺が志半ばで死ぬわけがない。ところでなにか欲しいものはあるのか。なければ政府にお前の席を」
「止めろ」
この流れ、銀時とそっくりだ。いやな所が似てやがる、と思いながら高杉は言った。
「だがいずれお前は必要になる」
「その気はねぇ」
「それはあれか。銀時と離れたくな〜いとかそういうのか?」
「殺すぞ」
桂はやれるものならやってみろといわんばかりに茶を啜った。やらないと分かっているのだ。高杉が本気だったら今頃窓を蹴破って逃げているころだろう。
確かに口をつぐませれば良かったので高杉はしばし黙考する。
代案を出さなければ本当に具体的なポストを用意してまたやってくる。実行力はある男だから。
「なら墓を建てろ。出来れば先生の隣に」
「なんだ。この期に及んで貴様死ぬのか」
高杉はにやりと笑った。
おそらく高杉はこの副作用にも打ち勝つ。そうなればまだ暫くは生きるだろう。やるべきことも見えてきた。あの粛正から生き延びたように、高杉はまた生きる理由をみつけた。何処まで生き汚いのだろう。それをおかしく思いながら、高杉は考える。
このまま生きるなら死ななければならない。
攘夷粛正におりには生死不明で暫く雌伏していたが、今度は完全に。そうすれば高杉は自由に動ける。
「高杉晋助を生かして置いてもろくな事にはならねぇからな。春雨との密約もある。俺が死に、鬼兵隊もなくなれば、知らぬ存ぜぬでばっくれられるだろう」
それを聞いたヅラは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「…。…お前春雨に一体何を約した? 吐け。吐いてしまえ!」
「おっと、そいつはいえねぇな。つか聞いたらお前しめぇだよ。世の中には知らなくていい事がたくさんあるんだぜ?」
知らなくていい事にばっかり首を突っ込んできたくせに何を言うか。全くお前と来たら。本当にそれで済むと思っているのかとヅラは延々と説教をはじめた。
今更高杉を説き伏せようなどとヅラも相変わらず諦めが悪い。
「大丈夫だろ。春雨には銀時の伝手がある」
「うむ?」
「どうせ夜兎の師団長あたりが進んで来るだろ? 銀時と遣り合えれば奴さんはそれで満足だから、他の事なんかどうでも良くなる」
「お前、相変わらずえげつないな」
幾ら銀時でも夜兎相手に無傷ではすまないぞと思いながら桂は言った。銀時もどSだが高杉も負けず劣らずだ。ただ高杉の場合は手段を選ばず効率だけを考えている結果であって、銀時のように苦痛に歪む顔が見たいとかそういう自分の娯楽が目的ではないだけだ。
「銀時に否やは言わせねぇよ。自分で守るって言ったんだ。それにあいつはそういう時は絶対負けねぇからな」
つまり怪我くらいはするかもしれないが、何かを守ろうという銀時は十二分にその強さを発揮するので、夜兎相手にも遅れは取らないし、だから死ぬ心配はないということだ。しかし。
「お前…」
高杉は高杉で銀時をちゃんと愛していて死なないように気を配っているつもりらしい。らしいのだが。
「常々思うが気を使う所が違うんじゃないのか?」
「あ? お前に言われたくねぇよ。電波」
さんざん罵り合ったが望み通りの墓は建ててくれるそうだ。先生の隣に。
「ついでに法要は芸者を呼んで三味線でにぎやかに」
「するか、このうかれぽんちが調子に乗るんじゃない。素直に礼を言うのが先だ」
高杉は肩をすくめる。だがたしかに先生の隣はうれしいので昔のように無邪気を装って笑いかけた。
「うれしーぜ、小太郎。ありがとな」
「…。…この魔王が」
人をたらす時のとは違うヅラ好みの笑顔のはずだったが何でかそういわれた。臥せっている間に腕が落ちたのだろうか。おかしいなと思いながら高杉は首を傾げた。
うちの万斉は淡々と思い込みが激しい感じ。
総督は漢で魔性。
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