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 沖田は寝間着から隊服に着替えると、床の間に飾りっぱなしだった刀を腰に佩き、財布の中身を確認した。駕篭タクを呼んで列車に乗るまでに一時間もかからない。列車に乗れば寝てても甲州までいける。
 最後に人にうつさないようちょろまかしておいた支給品の防菌スーツを着れば終わりだ。そのまま沖田はそっと部屋から出ようとした。
「ちょっと、何処行くんですか、沖田さん」
 沖田は舌打ちする。最前まで寝ていた山崎に上着を掴まれていた。
「厠」
 だが相手は半病半重傷患者だ。簡単に振り切れる。そう判断して沖田は空とぼけた返事を返した。
「嘘付くんじゃないよおおおおお! 刀なんか差してあいだだだだだだ! ちょっとこっちは雪火の上、怪我してんですから無茶させないでください!」
 激したせいで、傷が痛んだのか絶叫して文句を垂れながらも山崎は手を離さなかった。あ〜。厄介なのに見つかった。こいつジミーだけど意外にやるんだ。根性あんだ。すぐに逃げたがるけどと思いながら沖田は振り返って山崎の手を掴んだ。
「あ〜、俺ってSだからそんな声だされたら興奮しちまうだろぃ」
 しかし病人生活が長かったのか、山崎の根性がえらいのか全然外れなくって、沖田は終いには爪を立ててぐりぐりした。
 だが山崎は必死に沖田から手を離さないようにしながら、何処から出したのか片手で携帯を操作しはじめた。
「全部の意味で駄目ですって、あもしもし万事屋さん? 仕事です、旦那寄越してください。どSの星の王子様が脱走です。エマージェンシーエマージェンシー」
 もしもの時の為に短縮番号が登録されていた。今がもしもじゃなかったらいつがもしもですかもしもしみたいな。
「ザキてめぇ、何してんだ?」
 ひいいいい。目が赤く光ってるよおおお、でもあんたがしそうなことなんて先刻副長はお見通しだったんですよ、その際の対処法はしっかりと伝授されてましたーっと思いながら山崎は説得というか脅迫と言おうかそんなようなことを続けた。
「駄目ったら駄目です。次は近藤さんに電話しますよ。大体あんたあっちに合流したって何ができるって言うんです」
 あの鬼の副長、万事屋の旦那と超同族嫌悪っぽい意地の張り合いをしている土方さんがプライドを曲げてまで頼んで行ったことを無駄にさせるわけにはいかない。それだけじゃない。この人を行かせたら本当に死んでしまう。
 やっと一時間。そのぎりぎりの枠に入ろうという時に無茶をして、死ぬ側の五割に入ったら近藤さんも泣く。絶対泣く。俺も泣く。鬼の目にも涙だ。
 それにそんなに短い覚醒期でほんとに何をする気なのだ。敵軍に単身特攻か。本気でやりそうで山崎は怖かった。
「近藤さんはまだ刀も持てねぇんだ。俺が寝てなんかいられねぇ。何の為に常日頃昼寝に勤しんでたと思うんでぃ。こういう時のためだろぃ。こんな俺だって盾にくらいなれらぁ」
 言い争いながらもみ合っているうちに携帯は畳の向こうに転がってしまった。だがここで逃すわけにはいかない。山崎は今度は両手で沖田を押さえにかかりながら、あらん限りの力で怒鳴った。
「一番隊隊長が盾になんかならなくたって、他の隊士がなります! 俺たちを見くびるな!」
 逆切れと言ってもいい。なんとか万事屋の旦那が来るまでは行かせるわけにはいかない。
「だったらなんのために俺がいるんでぃ」
 置き去りにされた子供みたいな顔で、親に見捨てられた子供みたいな顔で、そんな悲しいことを言うな! 誰一人としてあんたにそんなことをさせるために一緒にいるんじゃない。そう叱ってやりたかった。ああ、どうしてここに土方さんはいないのだろう。
「それに高杉や桂の野郎どもは俺たちを恨んでるだろぃ」
 山崎は閉じそうになる目を必死で開きながら言葉を紡ぐ。
「桂は新政府の参与で京を動けない。高杉派は…高杉は何もしなくても遠からず死にます!」
「何言ってやがんでぇ?」
 何を根拠にそんな自信満々に言っているのだ。これはあれだな。完全に時間稼ぎだ。そう沖田は思って本格的に暴れようとした。山崎は腹を斬られてるから、みぞおちは狙えない。あと狙うとしたら延髄か、と思いながら。



 防長二州だけで幕府に反逆するのは心もとない。そう、諸隊の総督たちが考えていることを早くから高杉は察していた。それに鬼兵隊はともかくにわか仕立ての諸隊には武器弾薬が不足していた。
 ちょうどそんなとき武市を通じて辰馬から薩州同盟を打診された。正直そんなものに余力を裂くつもりはなかった。諸公の軍など当てにはならない。形勢不利と見るや、ひらひらと翻る。そんなものを締結している間に時は過ぎさってしまう。
 巡って来た時機が。
 だが防州長州だけでは後背を突かれる。全隊で出帥して軍資金を供出する藩庁を空にする訳にはいかない。京を押さえ、江戸まで攻め上るにはどうしてもそのための対策を講じる必要があった。
 江戸での桂の立場が悪くなっていると聞いて、そういうわけで文を書いた。こういう面倒ごとは奴に押し付けるに限る。利用するのはお互い様だ。少数派となってしまった桂が巻き返すにはこちらにくるほかないし、奴は郷里が戦火に焼かれるのを嫌がるだろう。
(焼かれたからといってどうというほどのこともない)
 そう考える高杉とは違って。
 同盟してからも薩州側の兵が整うまではかなりの時間がかかり、案の定高杉は非常に苛々する日々を送った。
 だが幕府に歯向かうと藩論を統一してからの薩州の動きは苛烈だった。江戸の要所で焼き討ちさせて幕府を挑発し、朝廷での将軍を辞した内大臣を追い落とすための工作も、率先してやっていると聞いた。
 見事な変節だった。会州とは先頃まで同盟関係にあり、その攻撃の矛先が高杉たちだったことを鑑みれば容易く信用することはできない。しかし薩摩隼人というだけあって奴らは強い。恐らく会州を除けば日本最強だろう。
 高杉はほの暗い笑みを浮かべた。
(一握りに滅び尽くしてやるさ)
 会州も薩州も利用して利用して利用し尽くして、劫火で焼き滅ぼし、灰燼に帰してやるよと腹の中でどす黒く獣が吠える。
(間に合えば、の話だがな)
 自嘲する高杉に抗議するように獣は体の中で暴れ狂った。高杉は強くなる目眩とこみ上げてくる不快さ、そして息苦しさに踞り、桶を掴む間もなく、梅花の散る袖を赤く染めた。
 ああ、折角白石が呉れた気に入りの品だったのにとかすかにそれを惜しんだ。近頃は一度袖を通すと二度と着れなくなることが多い。いっそのこと襦袢で過ごそうかと思ったがそうもいかない。桂が上京して来て、いちいち口うるさかった。
 だがそれももう終わりだ。
 薩州の挑発に乗った幕府がとうとう遣り合う気になったらしい。口火を切ればあとは。
 あとは?
(俺は、お前は、間に合うのか…? 銀時…)
 分からない。
「総督? 大丈夫ですか」
 苦しむ気配を察した武市が雪見障子を開けて、廊下の外から声をかけて来た。
 高杉のいる上座には静電気を利用した不可視の幕がある。近づき過ぎればなんとはなしに分かるものだが、大概部屋に入ってくるものは散らかった書き付けに気を取られる。市販されている紗のように透ける幕よりもまだ高価なものだが、軍内で高杉の不調については伏せられているので必要な装置だった。
 だが武市は知っている。それに武市は坂本に届けさせた対雪火の羽織を鴉のように纏っていた。知らずにうつすことはないだろう。
「ああ」
 高杉は吐血した着物を隠す必要もなく、ただ口元を拭ってから振り向いた。
「皆さんお揃いになりました」
 武市はそばに置くには都合の良い人間だった。冷静沈着で慎重すぎるきらいはあるが暴走しがちの人間の多い鬼兵隊のいいブレーキになった。無表情を通り越した鯉のような目は、例え動揺していても内心が透けて見えない。そう思いながら高杉は頷く。
「分かった」
 高杉は武市を廊下に控えさせたまま戦装束に改めた。といっても、細袴に、袖無し一枚。陣羽織は着けていない。簡単なものだ。
 見た目が寒いのは分かっていたが改める気が高杉にはない。平素も袷一枚で過ごしている。冷えを感じなくなってどれほど経つだろう。雪が燃えるほど、と言われる雪火が長らく高杉の身のうちを焦がしていた。
 発症前の感染初期に投薬すれば五割の確率で生存できただろうが、日頃からよく発熱する高杉が気がついた時には初期の段階はとうに過ぎていた。それでも、薬を飲めば致死率100%、という数字よりは生き延びる可能性はあっただろう。だが高杉は頑として薬を飲むことを拒んだ。

 死して不朽の見込みあらば、いつでも死ぬべし
 生きて大業の見込みあらば、いつでも生きるべし

 そう松陽が言った通りに、高杉は生きてきた。仲間が斃れても斃れても、彼らによって命を繋がれて生きたのはこの遺訓に従ったためだった。
そして同じ理由で、服薬しないことを選んだ。副作用などで昏睡してなどいられない。
 兵を挙げる最後の機会だった。この好機を逃せば次はない。果たして高杉の目論見はあたり、盤石に見えた幕府の支配は根底から揺らぎ始めている。夢物語でしかなかった倒幕は実際にできないことはない、そう、認められつつある。
 その徳川の世の終焉を見ることができるかどうか。それは重要ではない。
見れればいいと思ってはいたが、適わずともそれはそれで良かった。ただこの一戦は是が非でも勝たなくてはならない。まだ兵数で言えば幕軍の方が上だ。艦隊の数も。
 始めたことを軌道に乗せれば、後に続くものに任せてもいい。高杉は世界をぶっ壊す心算だったが、途中力つきたならそれが天命だ。仕方がない。
そう思ってなければ桂など呼ばなかっただろう。
 破壊できなかった汚れた世界を、醜い人間をできるだけ道連れにするだけだ。死んだ後、銀時が守った人間がどれほど生き残り、桂が新しく何を打ち立てようが知ったことではない。
 せいぜい俺たちの流した血の海の上に、手垢にまみれた人の歴史を続けていけばいい。
(どうせ、碌なもんじゃねぇだろうがな)
 お前の好きな梅だって、人の手が入ってキレーに咲くんじゃねぇか、人を邪魔にすんなとは銀時が言ったのだったか。でも別にきれいに剪定された枝にちらほらと咲くから梅が好きだと言う訳じゃない。
「直に本物の梅が咲く」
 支度を整え長廊下を出ると、庭先に梅が見えた。蕾は日に日に膨らんで、陽気のいい日が数日続けば咲き始めるだろう。この庭の梅は、紅か白か。まだ見た目には分からない。咲きこぼれるのを楽しみにしていた高杉は後に続く武市にそう言った。
「江戸で梅見と洒落込みてぇところだがな」
 椿は冬の花だが、梅は違う。春の先駆け。巡りくる春を一番に告げる花。だから高杉はいつも、ことさらに梅を好んだ。今年の梅はさらに格別だろうと思う。
「難しいでしょう。しかしこの春には」
「そうだな。もう春だ」
 松陽は人生を四季に準えた。ならばこの春が高杉に巡る最後の春になる。梅の花を追うように高杉は東へ行き、長い長い春を楽しむだろう。



 天人を殺していた攘夷戦争と違って、この戦いは人間同士の殺しあいだ。抜刀して浴びる血も赤かった。けれども粛正にあってからこれまで、高杉の敵はずっと同じ人間だった。
 頭から返り血を浴びても、何の痛痒も感じない。
 それに既に雪火に罹っている高杉は誰の血を浴びようが、これ以上悪くなどならない。だから高杉は諸隊の総指揮ははじめから大村や山田に任せ、最前線にいる。
 高杉はいつ病に倒れるか分からない。そうなる前に戦場で死にたいとは思うが、どちらにしろ戦線から離脱しなければならない最悪の事態を慮れば、それが最前だった。
 大村も山田も高杉と同じ、自軍がどうすれば勝てるのか十分に分かっている。会州兵は白兵戦に強く、長州兵は弱い。まともにあたれば蹴散らされて終わりだということも十分に。
 攻撃の要は射撃と砲撃だ。彼らは自軍に敵部隊を近づけることなく撃って撃って撃ちまくる。そう指示している。
 薩州もまた豊富な火器で応戦していた。銃。大砲による殺戮だ。幸い先陣は槍部隊。いい的だ。
 高杉を含む鬼兵隊はそれには参加していない。
「晋助!」
 背後から掛けられた万斉の声に振り返らぬまま、高杉は手を挙げた。
 目当ては会州もしくは真選組の突撃部隊だった。それに白兵戦で挑む。
 諸隊の総督や総官たちは松陽門下の生き残りであったり、同僚であったり旧知の仲で、当初高杉の無茶を嗜めようという動きもあった。あったが、まあ結局、止めきることができないのはいつものことだった。
 万斉が警告した通り、砲撃の合間を縫って真選組がやってくる。流石に密集形態を取らずにばらばらに単独突撃か。
 近藤を暗殺されかけて相当気が立っている。平素から追いかけっこをしていた相手でもある。刀を抜いて待ち受ける高杉を見て、目の色を変えた。
 高杉は笑みながら敵の攻撃を誘い、戦場の狂気に身を浸した。
 恨みは骨髄まで染み渡り、復讐の血を獣は存分に啜った。



「高杉晋助ならすぐに死にます。雪火です」
「なんだって」
「血反吐吐きながら戦ってました…もう末期なんです」
 沖田は息を飲んだ。
「マジでか」
 あの高杉晋助が死ぬ。人を、命を、笑いながら火にくべるような、誰も彼もを魅了して狂気に酔わせて唆し、道を外させては破滅させて来たあの鬼の頭目が、雪火で。いや、血反吐を吐きながらも尚戦場にあるということはそこで死ぬ気か。
「多分俺はそれでうつりました」
 だがそれが本当なら、それを知りつつ共に戦い、率いられている敵軍は死に物狂いで攻め上ってくる。そもそもが高杉に呼応してきた兵の集まり。大なり小なり彼に心酔しているとみていい。それほど高杉晋助のカリスマは厄介なものなのだ。高杉がそこまでの覚悟で臨んでくるなら尚更。
「それなら尚のこと、近藤さんが危ぇ」
「…沖田さん」
 取りすがる山崎を沖田は振り払った。布団に倒れ込んだ山崎はそれ以上沖田を止めることはできなかた。傷の痛みで身動きが取れなかったのと、覚醒期が終わったのだ。彼はまだ沖田と違って数分しか目覚めていられない。
「悪ぃな、ザキ。俺は行くよ」









今までにおわしていただけでしたが梅花凋落ってタイトルがもう十分ネタバレで台無し、と思いました。あと真選組の人たちの関係性とか性格はビスコさんに洗脳されてたそのまんま…。ごめんね!
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頑張って更新しても一日早くなっただけだった。がっくりだよ。
でも銀高サイトさんを巡って補給して、戊辰戦争勉強したりとかしながらだとこんなもんか…。
なかなか書くのって早くならない。パパッと書ける人の頭の中身はどうなっているのか。場面は時系列順じゃないからばしばし飛ぶしな。
高杉のあれは銀さんとあうまで秘密とか、諸隊の総督たちも居並んでるところ書きたかったんだけど断念しました!

次は甲州で晋ちゃんと近藤さんかな〜。えっ銀さんと沖田君も…? 案の定真選組の出てくる回数増えてる。増えてるよ。万事屋より多くなったら困るな…。

ていうわけで梅花凋落8を更新しました。
「はいはいそこまで〜」
 バイクで飛ばしてきて正解だった。沖田は屯所の門まで出て来ていた。雪火じゃないという証明がなければどうせ駕篭タクにも列車には乗れないけどね。そしてずっと寝込んでいた沖田君はそんな規制がされたなんてことも知らないだろうけどねと銀時は可哀想に思った。
 足がなくても行こうとするだろう。死ぬも生きるも好きにさせてやればいいじゃんと思わなくもなかったが、実際死んだら悲しくなるのがいっぱいいるんで目一杯阻止する気だった。
「チッ」
「はい、舌打ちしない〜。刀抜かない〜。病人はいい子で布団に戻った戻った」
 最悪、もぬけの殻になった冷たい布団を発見した山崎が携帯で連絡というシュミレーションだったので、発見が早く、あちこち探しまわるはめにならずにすんで良かった銀時である。可愛くない対応をされながらも、沖田を屯所の方へ追い返す。
「旦那、俺は行かなきゃならねぇんで」
「そんなこと知りません〜。文句ならマヨラーに言ってくんね? 俺ただの仕事だしぃ」
 説得しようなんて十年早い。ここでいつものごとく甘味を提供されても銀時はうんとは言わないだろう。銀時は土方が大嫌いなので、大概のことは沖田の肩を持つのにやぶさかではないのだが、こればかりは土方の指示通りにする。
「じゃあ、俺が旦那を雇いまさぁ。一緒にいきましょうや。電車代出しますぜ」
 しかし沖田は何を思ったか甘味などでなく同行を求めて来た。戦力として当てにしているのか? それともしつこく邪魔されるより取り込んだ方がいいという判断か。
 こんな反応は思っても見なかった。そんなところに行くなんて普段の沖田なら間違っても考えないはずなのに、寝過ぎで頭が沸いたんだろうか。可哀想に、熱が上がりすぎると朦朧とするもんね、でもアレ、薬飲んでたんじゃなかったっけと銀時は思う。
 薬を飲むと劇的に熱は下がるのだ。ウィルスを攻撃し免疫異常でウィルスごと自分の体まで破壊してしまう白血球の働きを抑えるという。
「何言ってんの。銀さんこれでも売れっ子なの。山奥なんか行ってる暇ないんですよ」
「あんただって、用があるんじゃないんですかぃ? 急がねぇともう二度と会えねえかもしれませんぜ」
 しかし沖田は決して頭が沸いているのではなかった。
「何それ、何のこと?」
 どうしてどいつもこいつも、銀時と高杉の因縁を知っているのだろう。誰彼構わず話したことなどない。それなのに。
 沖田は銀時の目を見て言った。何もかも知っている、といった表情で。
実際沖田は知っていた。何食わぬ顔で、見て見ぬ振りをしていただけだと告白した。
「俺ぁ知ってるんですぜ。旦那の大事な人、何遍も見かけやしたから。…雪火だそうですぜ」
 見かけたどころか俺の知らないところじゃ追いかけっこして斬り合ったこともあるんじゃないの、実際と考えていた銀時は思考を停止した。
「はあ?」
雪火?
「薬ものまねぇで戦争とるたぁなまなかなことじゃねぇ。その信念には脱帽しますぜ」
 帽子なんかかぶっちゃいないくせにそんなことを沖田は言った。
「沖田君冗談きつい…」
「ザキが見て来た感じじゃ、末期だそうで」
 そんなことは聞いてない。だって高杉は十人のうちの一人だ。そう言っていた、本人が。そのはずだ。確か…。
 心臓が早鐘のように打ち鳴らされてうるさいほどだ。
 銀時は眉間にしわを寄せた。
 だが相手は高杉だった。何故それを信じたのだろう。アレの語る全てが嘘だとは思ってはいない。本当のことだって言う。だが質の悪いことに嘘も真実も同じように話す。
 それが奴の手だ。
 いつだって虚実を織り交ぜて自分の都合のように進めて行く男だった。何故疑いもしなかったのだろう。



 最後に会ったのは何時だっただろう。紅桜の後、戦争が始まる前。雪火が瞬く間に広がり、それに比例して刹那的な犯罪が増え始めた頃だった。
 高杉は何故か江戸におり、火付けや強盗に乗じて幕臣を手当り次第に殺していた。確かにそんな行動はらしくなかった。
鬼兵隊を再結成した頃からそんな単独行動は止め、大規模な策謀を巡らせていたというのに。それとも策謀の段階は過ぎ、派手に何かをやらかす前の景気付けか。そんな 風に銀時も思っていた。
 そんなあいつが雪火だなんて。最後に会ったときはどうだった? 元気だったはずだ。
 悠々と刀を揮って、その後の西で起こした戦争のテレビ中継だって一心不乱に敵を屠っていたでないか。そして、今このときも戦場にいるはずだった。
「ぶった切るんじゃなかったのかよ?」
 そう言った高杉の足下には制服の男たちが倒れて血溜まりを作っていた。高杉は完全に一仕事終えたという感じで手に刀と懐紙を持っていた。
 その日も高杉は闇の生き物のように白く、冴え冴えとしていた。
「獲物がないもん」
 そう言いながら、通りがかった銀時は両手を上げた。遣り合う気はないからお前も俺を斬らないでね、というサインだ。高杉はそれでもしばらく懐紙で血脂を拭い取った刀を終わずに言った。
「そいつは何でも切れるんだろ? 大筒だって斬ったっていうじゃねぇか」
 何処でそんな情報を拾ってくるのか高杉は詳しかった。あれか。紅桜前の桂か。それともマムシの一件が耳に入ってたのか。あの一派も攘夷だったらしいからな。高杉あたり、ジャスタウェイ仕入れてたら可愛いなと銀時は思う。いやいやいや。物騒だからほんとは止めてほしいんだけどね、なんて考えながら銀時は答える。
「人間みてぇな柔らかいもんぶった切れません。そういうてめぇはお取り巻きはどうした?」
「近くにいる」
 高杉は渋々刀を鞘に納めると言った。その白い頬に返り血がとんでいる。
「…いるのかよ。あ、ちょっと待て。血が」
 しかし銀時が手を伸ばそうとすると、驚くほど素早く距離をとった。警戒心の強い猫みたいな動きだった。
「寄るな、雪火は空気感染および、飛沫感染だ。こいつらの中に感染者がいれば返り血からでも移る」
「俺平気」
 俺を雪火には罹らせたくないんだな、と内心ニヤケながら銀時は言った。
 果たしてはそれは、遣り合う機会を失うからか。それとも、と自惚れる。
「十人に一人か」
「そ」
「お前はほんとに丈夫な野郎だな。昔から病気一つしやがらねぇ」
 しかし罹らないと知れば知ったで高杉は嫌そうな顔をしてみせた。昔からこいつは病気なんかしない方がいいとお心優しく思っているくせに、自分と比べて銀時があまりに健康優良児なのが気に入らないのだ。
 せめて風邪の一つでもひいてみせればかわいげがあるものを、ああ、馬鹿は風邪引かないっていうもんなと憎まれ口を叩いていたこともある。そんな銀時だって最近はたるんでるから風邪の一つはひくようになった。ただ高杉に知りようがないだけだ。
 そんな風にずっと一緒にいれば、分かり合えることは沢山あったろうし、看病くらいしてくれたはずなのに、現実の二人は遠ざかったままだ。あんなに一緒だったのに、今では居所さえ確かには分からない。こんなに距離ができるなんて、子供の頃には想像もしていなかった。
「流石におたふく風邪はやったよ? 男の一生に関わるもんな」
「俺が先生に頼まれてうつしてやったんだろ」
 その時ばかりは高杉は目元を緩ませた。懐かしい素の微笑み。あの時もそう言えばもの凄く嬉しそうだった。
 日頃元気な奴が寝込んでいるとハイになると言うアレだろうか。それとも腺病質の体質が役に立って嬉しかったってか。まあ十中八九、先生のお願い聞けてよかったと思っていたのだろう。
 今も先生を懐かしんで微笑んだのかもしれない。それでもいい。銀時はその笑みに誘われるように今度こそ近づいて、乾きかけた血を拭い、ついでに唇を食んだ。
「…」
 俺は今でもお前が好きだと、伝わっただろうか。命を取り合うような仲になったとしても、お前は永劫、俺のものだと。
「そういうてめぇは? 返り血思いっきり付いちゃってたけど」
 高杉は何の感銘も受けないと言った無表情を貫いた。
「大丈夫だから俺が実行犯してんだよ」
「ああ、お前も?」
 高杉はただ、意味ありげな視線を一つくれただけだ。大丈夫との先ほどの言葉もあって、銀時はそれを肯定とみた。
 成る程だからお取り巻きは近くにいるけど加勢はしなくて、高杉一人で斬りまくったのか。退路を確保するとかでたまたまいないわけではなくて。そうその時、銀時は納得してしまったのだ。
 抗体なんかあるはずがなかった。
 ありとあらゆる流行病を拾っては誰よりも多くの時間を臥所で寝たきりになっていた高杉を、雪火だけが許してくれるなんてそんな訳がなかったのだ。
(そうだ。あの時だって)
 高杉は一度だって十人に一人とは断言しなかった。
 既に感染していたから、もうあれ以上、ウィルスに触れても結果は変わらない。だから自ら実行犯なんかをつとめ、最前線で一人突出して戦っていたのだ。自分のせいで仲間を感染させないため、鬼兵隊も近づけずに。



 次に山崎が目を覚ました時にはまだ沖田は屯所の布団の中にいた。
 万事屋の旦那が間に合ったのだ。
(ん?)
その布団から床柱に紐のようなものが延びていて、山崎は目をこすった。
(いや、紐じゃなくて鎖…? って首、輪?)
 それを認識したとたん、睡魔は晴れて、ぱかっと山崎は覚醒した。
(なんで首輪? 着替えやすいようにか? ちょっと旦那ぁ、気を使うところが違うって!)
 そしてだらだらと汗を流した。
(あれ、おかしいな俺、薬飲んで熱下がったはずなのに滝のような汗が…しかもなんか体がふるえるんですけど。死ぬのか? 俺は死ぬのか? 沖田さんが起きたら殺されるのかーっ?)
 それにしてもどSの星の王子様を鎖に繋ぐなんて、どんだけ鬼畜どSなんだろう。上か? 沖田隊長より上なのか? しかも首輪なんて、そんな物騒な一般人が世の中に存在し、剰えこんなに近くにいていいのか? と思いながらも流石万事屋の旦那、と山崎は一人呟いた。
 しかし間に合ったのは良かった。
(今すぐ駆けつけたって何もできやしない。それに俺たちが必要とされる日は必ず来る)
 その時の為に今、ここで温存されている。そう考えなくては遣る瀬ない。みんなを信じて一刻も早く体を治すだけだ。
 隊を離れてできることはそれしかない。
 近藤捕縛。その報が遠く江戸までやってきたのはそのしばらく後だった。



 甲州は天領。将軍直轄地だ。その甲府城の守りにつけとの命を受け、真選組は江戸を後にしたのだが、天候に恵まれず途中まさかの雪が降った。スノータイヤを履いてなかった真選組の車両は足止めを食らった。
 その間に西側から寄せた官軍三千人が甲府城へ入城、真選組は出端を挫かれることになった。
 真選組隊士はこの時二百足らず。
 しばらく甲州街道にて粘ったが、蹴散らされて終わった。刀を使えぬまま無線で指揮を取っていた近藤は、砲撃を至近で受け、気絶、気づいたら運悪く捕縛されていた。
 近藤はテレビにもよく出る有名人だったから、すぐに真選組局長だと分かっただろう。その場で車に押し込められて随分遠くまで運ばれたようだ。
(これじゃ幾らトシでも助けにこれねぇなぁ)
 と近藤は考える。
 土方は戦えない近藤に指揮を任せ、自ら前線で戦っていたはずだ。生きていると信じていたが、どうなったか分からない。当てにはできなかった。
 怪我などしてなければいいがと思った。
 処分が決まったのか、運ばれた先の牢から出されたのは三日後のことだ。
 ずらりと幹部らしき人間が居並ぶ中、幕営に通された。察するにここが前線司令部、官軍の会議所だろう。左右両端に居並んでいる猛者たちは諸隊の総督だろうか。全員黒いコートを着用して、腕章をつけていた。
「直接には初めまして、だよなぁ? 真選組局長近藤勳」
 最も上座に据えられた胡床には刀の先を地に付けて持つ隻眼の男が座っていた。
「高杉か」
「そうだ。苦労したぜ、お前の身柄をもぎ取るのは」
 多数対少数で真選組は敗北したが、同じような数で圧倒的戦力差を覆した男がいる。それがこの高杉晋助だった。彼の蜂起の出発はわずか三十人足らずだった。
 恐ろしい才だ。
 同じような才人が真選組にいればなぁと思う。でなければ真選組は負け続ける。天道衆はこの戦自体から手を引き始めた。
 天人たちは官軍側の外交的駆け引きなのか、それとも何らかの密約があったのか、幕府の要請を受けてもまるで介入をしようとはしない。
前攘夷戦争では彼らと真っ向からぶつかったのは天人たちだったのだが。
「殺す為か?」
「くくく」
 高杉は目を細めて笑った。
「知ってるだろうが、お前、恨まれてるぜ。ただ殺すだけなら俺は何もする必要はなかったろうよ」










混沌とラストに向かっているのでいろんな人が入り乱れてくるかも。気になるのは西郷が書けてないことかな。軍の主力なのにごめん。
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