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凍傷



 歩哨に立つ見張りのしわぶき一つ聞こえてこない、しんと空気が張りつめた夜だった。外は音もなく雪が降り積もっているだろう。年に何度も雪の降らない西で育った 高杉でも幾冬かを越せばそうした事が分かる。
(冷えるはずだ)
 横になったせんべい布団は一向に暖まる気配がない。逆に高杉の体はどんどん冷えて行く一方だ。
 それでも雪の降る夜は暖かい、と北の出の者は言う。本当に骨身に凍みるように冷たいのは、雲一つない晴れた夜なのだと。そんな日には雪まで凍る。
 霜が降りるのは何度も見たが、雪が凍るとはどういうことだろう。水たまりが凍るのとはどう違うのだろう。松陽だったら知っていただろうか。
(先生は何でも知っていた)
 真冬の東北遊学をされたというのだ。もちろん体験した事だろう。音のない夜も、きらきらと光る雪原も、道が消え、村が埋もれるほどの大吹雪も。
 高杉たちはといえば、寒冷地には敵の天人も入植の旨味がないようで、そんな夜はまだ未経験のままだ。
 高杉は息を一つ吐き出すとむくりと起き上がる。あまりにも寒くて寝付けない。思考も冴えたままだ。それならもういっそのこと寝なければいい。
 見張りと交代してもいいし、これからのことを考えるのでもいい。ただ雪見と洒落こんでも。
 雑魚寝している部下の部屋に潜り込めばまだ暖かいだろうが、それは丁重に断られた。
 まだ命が惜しいらしい。
 意味が分からない。俺は死神か何かかと高杉は思う。銀時じゃあるまいし、人の布団の中に潜り込もうというわけではないのにけち臭い野郎どもだ。
 そういえばその銀時がもうすぐここへ合流してくると連絡があった。半月ばかり前に別れたきりだがどうやら出先の防衛に成功したらしい。一緒に敵の動静を携えて来るはずだから、それ如何で鬼兵隊は次の標的に向かう事になる。
 せんべい布団に重ねた羽織を探り当てた高杉はそれを纏うと部屋を出る。
「あれ〜? 高杉、こんな夜中にいったい何処行くの? 厠? それとも誰かの布団の中とか?」
 降り積もる雪同様に足音もさせずにやって来たのは銀時だった。既に軍装は解かれ、乾いた着物に着替えた後のようだ。
「着いたのか」
 隊が帰還したにしては静かだが、夜間の事もあり、はばかって入って来たのだろう。それでもいつもなら奥にまで気配が漂ってくるものだが、それらも全て雪に吸収されてしまったようだ。
「ん〜。たった今ね〜。雪中行軍は流石につっかれた〜」
 そう言いながら、銀時は出て来た部屋へ高杉を押し戻し、べろりと人の布団をめくり上げた。
「ほら」
 ほらって何だこの天パとは思うものの、この寒い夜にはこの上もない誘惑だった。布団を敷くのを面倒がる銀時ともう何度もこのようなことがあり、その暖かさが染み付いている。寒さが堪えていたから余計だ。
「どうせ寒くて寝られなかったんだろ? やせ我慢したって寒いもんは寒いまんまだぜ」
 高杉はふんと、鼻を鳴らす。
 俺もまるくなったものだ。
 そう思いながら、そろりと銀時の作った隙間に入る。他人の、しかも男となんかと一緒に同衾して平気だなんて。
「うおっ冷て! 死体か! 外から帰って来た俺より冷てーってどういうこと? 悪 巧みばっかりしてるからだぞこの冷血漢!」
「うるせーな、お前こそなんでこんなにあったけーんだよ」
「糖分じゃね?」
 糖分はばかにならねーエネルギーに変わるわけよ。お前も好き嫌い言ってないでイチゴ牛乳くらいのみなさいね、背が伸びないよと余計な事を言う。
 口の減らない男だ。
 そう思いながら、狭い布団からはみ出ないように抱きつかれ寄り添いあいながら、じわじわと熱をうつされた。久しぶりにぽかぽかとそうして高杉は眠りについたのだった。



 雪は随分と積もり、膝の辺りまである。
 帚では掃ききれないほどだ。そう思って外を眺めているとまとまった雪にすでに格闘しているものがいた。何の事はない。高杉に凍る雪の話をした北の出の者だった。
「そりゃなんだ?」
「雪かきだよ。雪ぃほげなきゃならんでしょう」
「へえ?」
「ここらの人は勘違いしてるけどね、雪かきってのはね、晋さん、帚で掃くもんじゃないんだよ」
 そういって男はせっせと雪を切り分けては平らな板部分に雪を乗せて、遠くへ放った。なるほど。確かに膝まで積もってしまえばこちらの方が合理的だった。
「晋さんとこは雪車遊びなんてなかったでしょう」
「ああ。せいぜいが雪合戦か」
 そんなことを言い合っているうちにヅラがやって来て高杉に声をかけた。
「高杉、銀時を見なかったか? 昨夜帰って来たそうだが姿が見えん」
「まだ寝てるぜ」
「やはりお前の所だったか」
 高杉は肩をすくめた。
「一刻も早く寝てーんだろ」
 気持ちは分かる。高杉だって部屋割りとか布団の用意とかが面倒な時がある。仲間の寝床に忍び込んだ方が早く休めると分かっているなら尚更だ。
 ただし桂は例外だ。正座で説教二時間、上乗せされるくらいなら、最初から近寄らない。
「お前もやすやすと許すんじゃない」
 しかし近寄らないからといって無事にすむかといえばすまないのが桂で、ぴしりと小姑からは小言が飛んだ。銀時のせいでとんだとばっちりだ。まあ昨夜は暖かく寝れたからいいけれども。
「だってあったけーんだぜ?」
「その内痛い目にあうぞ」
「?」
 痛い目ならもうとっくの昔にみている。何を今更と思いながら高杉は連れ立ってヅラの部屋へ行った。銀時と一緒に帰って来た者たちの話によれば四十里ほど東の集落に天人の集団がいるとの噂だ。
 浪人崩れが斬り掛かったというが、光る武器に貫かれて一瞬のうちに命を奪われたとか。あくまでも噂で真実のほどはしれないが、ヅラは他にも何か情報を拾っていないか銀時にも確認したかったようだ。
「おもしれぇ。そいつぁうちがもらうぜ」
 斥候がてらでばってやれそうだったらゲリラっちまおうと高杉は言った。あわよくその光る武器を手に入れられれば万々歳だ。最悪こちらで使いこなせなくてもいい。どんな攻撃なのか、知れるだけでも今後の戦術に活かすことができる。
「面白いか面白くないかで判断するな」
 ヅラは面白がる高杉に渋面だ。
「楽かどうかでするよりゃましだろ?」
 鬼兵隊が身をもってその光る武器とやらを確かめてやるというのに何が不満か。へたな奴らを差し向ければ被害が拡大するだけだ。
 しかし高杉には下手を打たない自信がある。ヅラだって鬼兵隊に任せるのが一番良いと分かっているはずだ。鬼兵隊は奇襲を得意とする。そして高杉の好みに拙速だ。奇道はお手の物。
 そのとき、すぱん、と障子戸が勢い良く開いた。
「俺が帰って来た翌日に出発とか許すわけねーだろ」
「銀時」
 許すとか許さないとかなんでお前に言われなきゃなんねーんだよと高杉は言った。しかし銀時はまるで取り合わずぐい、っと座っていた高杉を担ぎ上げた。
「なっ、てめ、」
「半月ぶりの晋ちゃん充しなきゃはなさねー」
 そのまま銀時は邪魔したな、と来たときと同じく唐突に去って行く。
「ちょっ、待て、」
 銀時この野郎! 離せ! とかなんとか高杉はずっと文句を言っていたようだが、逃れる事はできなかったようで、銀時の歩みに従って声は遠ざかり、だんだんと小さくなって行った。それを一人聞いていたヅラは小さくため息をついた。
「だから痛い目を見るといったのだ」
 しかしもう二人はとっくにのっぴきならないところまで行ってしまっているようだった。
 忠告は少しばかり遅きに失していた。



 雪だなと窓を開けて見上げていたら懐かしい事を思い出した。だが同時に古傷が痛んで、顔をしかめる。そこへ来島がやってきた。
「晋助さま、炭は足りてるっすか。ってこんな開けっ放しで」
 冷えて来たのを心配している。火鉢に炭は充分だった。あの頃に比べれば何でもあった。炭も食べ物も武器も。足りないのは人間か。みんないなくなった。
「折角降ったんだ、雪見くらいしてやんなきゃ面白くねぇだろう」
「寒くないっすか」
 だが事を起こす為の人間も揃い始めていた。だからそれほどここは冷え冷えとはしていない。
 しかし寒くないといえばそれは虚勢だ。
「まあなぁ。雪見酒でもありゃ別だが」
 高杉は素直に認めて酒をねだる。その方が得策というものだ。
「しょうがないっすね〜。ちょっと支度してくるっすよ」
「おう」
 高杉には全般甘すぎる来島はあっさりと意を汲んでぱたぱたと出て行った。
 雪はまだ降っている。深々と、積もるだろう。
 白く塗りつぶされて行く庭を眺めながら高杉は自嘲を浮かべた。
「いたいめ、か」
 ヅラの忠告は的を射ていた。まじめに聞いておけば良かったのかもしれない。
 寸分の隙間もなく体なんか重ねずに、寒くても適度に距離をとっておけば。
こんな引きつれるような、ひりつく痛みを乎簿終えるとは思ってはいなかった。
 銀時から仕掛けて来たことなのに、あっさりといなくなりやがってあの野郎。
 狡い奴だ。
 確かに高杉はいたい目を見た。この傷は思い出したようにしくしくと痛んでは高杉を苛むだろう。いつまで?
 あの冷たさと熱さを忘れる日まで? それまでずっと? その想像はちっとも楽しいものではなかった。
「あの馬鹿」
 煙管に煙草をつめて、火鉢から火をうつすと高杉は一人ごちた。
「いっそのことやっちまうか」
 八つ当たりとか逆恨みとか、ヅラなんかは痴情のもつれとかいうかもしれないが、まだ銀時の殺害方法を考えていた方が気分がまぎれる。
「おもしろき事もなき世をおもしろく…」
そううそぶいて、高杉は息よりも白い煙をはいた。




面白おかしく? テロリストされている総督に滾ったあれこれをあのひとの辞世の句にぶつけてみました。うん、すみません。 その上今は夏だとか、そんな事気にしないだぜ。


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